谷川祐基さんの「見えないときに、見る力。視点が変わる打開の思考法」のユニークさは、私たち日本人がなぜ数学が苦手なのかを解き明かしてくれている点です。数学の本質をかんちがいしているという指摘から始めて、とてもわかりやすい言葉でその本質を解説してくれます。
算数は役に立つが数学は?
日本の場合、小学校では算数を勉強して、中学高校から数学を勉強します。小学校の算数で習うのは、足し算引き算といった「四則演算」、「分数」や「小数」、「図形」や「面積体積」、「時間」おおむや「速さ」などです。この「算数」で習うことがらは、おおむね日常生活で役に立つことです。
これはたいていの人が同意します。
けれども、中学生になって「数学」がはじまると話が変わってきます。「数学」で習うのは因数分解とか二次関数とか微分積分です。これが、日々の生活で使うチャンスがあるでしょうか。少なくとも疑問に思う生徒が増えてきます。
数学嫌いが急速に増えるのも中学校からです。必要性がわからないために興味も持ちにくくなっていくようです。
著者の谷川さんは、数学の必要性や本質、どのようにすれば生徒たちが数学好きになってくれるかという問答を、主人公の塾講師とピタゴラスの会話で軽妙に描きます。
数学の本質とは?
いいか環太、お前は数学のなんたるかを完全に履き違えとる。数学の本質は、実用性でも論理性でも問題解決力でもない。
じゃあなんなんですか?
数学の本質は、抽象性や。
ちゅ、抽象性?
論理と非論理
ピタゴラスは以下の中学校の方程式の問題に重大な瑕疵(かし)があることを発見します。
例題
山口さんは780円、高田さんは630円持っていて、2人とも同じ本を買いました。すると、山口さんの残金は高田さんの残金の2倍になりました。本代はいくらでしょう?
中1で習う、いわゆる一次方程式の応用の単元です。確かに、文章題でつまずく生徒は多いです。
数学は論理的思考力や問題解決力を育てると思っていましたが、数学の問題文はこんなに非論理的になっています。ピタゴラスは以下のように語ります。
社会に出て、これが仕事だったとしよう。なんで本の値段を確認せずにお使いに行く?もし所持金780円で、本の値段が1500円だったらどうする気や?
数学の問題が論理的でもなければ問題解決にもつながらず、むしろ問題解決が遠のいていく。
これでは、数学が実社会で役に立たない証明になってしまっています。
この場合、悪いのは「方程式の利用」という単元名だそうです。
せや。この単元名は誤解を招く。まるで、数学によって身近で具体的な問題が解決できるかのような印象を与え、そして生徒を裏切る。本当は反対なんや。「方程式への抽象化」というのがより正確な単元名や。
方程式への抽象化?それ、余計わかりにくくなってません?
わかりにくくてもウソよりましやろ?いまのままじゃ、教科書はウソや。そのうち、誰も数学を信じなくなるで。数学への不信感から、数学嫌いのでき上がりや。
抽象化する思考の大切さ
抽象化はものごとの本質を理解するためのものです。抽象化と具体化をいったりきたりしながら説明したり、考えたりするのが、理解しがたいものごとの本質に近づく手立てとなります。
また、商売とは「集客システムと収益システムの掛け算である」し、その「モデル化」を考えるのも抽象化した思考が大切になってきます。
このように考えると、数学的な思考はまさに「見えないときに、見る力。」であり、高度化した現代社会でのあらゆる思考に必須の営みと言えるでしょう。
抽象化するための具体例もふんだんに盛り込まれています。主人公とピタゴラスの会話はとても躍動感があって、あっという間に読んでしまいます。つまづいた数学へのとっかかりには絶妙な良著です。
■
参考リンク:だれも教えてくれないほんとうの勉強方法