公共の福祉は、かつては、社会全体の共通利益を抽象的に表現する大きな言葉として機能し、個々の人権を安易に制限してきたのである。しかし、今では、個別の具体的状況に応じた丁寧な議論の積み重ねにより、適用範囲が小さくなった、即ち、大きな言葉は小さな言葉になったのである。
「コーポレートガバナンス・コード」は、株主の利益を中核に構成されているとしても、株主の利益は、大きな言葉としては、即ち、他の全ての価値に優越するものとしては、機能していない。故に、例えば、中長期的な企業価値の向上ということにより、現状が肯定される危険を避け得ないのである。なぜなら、表面的には、あるいは一時的には、株主の利益に反しても、中長期的には株主の利益になるといってしまえば、全てが正当化されるからである。
公共の福祉は、経済成長を社会全体の利益として最優先に位置付けてきた歴史のなかで、大きな言葉としての強力な意味をもっていたのであって、経済成長が国民全体の共通利益としての絶対的地位を失ったとき、それは機能しなくなり、むしろ弊害に着目されるようになったのである。そして、その後ろに隠れていた小さな多様な価値へと社会の関心が動き始めたときに、公共の福祉をめぐる議論は一気に輻輳化してきたのだ。
それに対して、株主の利益は、歴史的には、大きな言葉として強力な役割を演じたことがない。株主以外のステークホルダーとの適切な協働を深く考えるためには、ステークホルダーの利益が株主の利益の追求のもとで損なわれる事態が明らかになっていなければならない。そのような事実を経験することによってしか、株主の利益を中核にしたステークホルダーとの適切な協働など確立し得ないはずである。
コーポレートガバナンス改革の先決問題として、株主の利益という単一価値への徹底的な収斂が必要なのである。まずは、株主の利益の追求が弊害を生むところまで、株主の利益の追求が徹底されるべきであって、そのような改革を主導するものとして、株主の利益は、他の価値を圧倒する強力な大きな言葉として、機能すべきである。
そして、真のコーポレートガバナンス改革は、株主の利益の追求が生みだす弊害を克服するものとして、ひとつ上の次元に再確立されるべきなのである、経済成長という単一価値のもとで公共の福祉が強力に機能した後、価値の多様化によって、その克服が志向されてきたように。
森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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