ワクチン接種を巡る「攻防戦」

オーストリアは22日から4回目のロックダウン(都市封鎖)に入る。期間は12月12日まで。ただ、ワクチン未接種者に対してはその後も外出制限などのコロナ規制を継続する。そして来年2月1日からワクチン接種義務を実施する。欧州でワクチン接種の義務化は特定の職種を対象として実施されたことはあったが、全国民の義務化は初めてとなる。

22日からロックダウンを実施すると表明するシェレンベルク首相(右から2人目)チロル州議会公式サイトから、2021年11月19日

シャレンベルク首相は19日、チロルで開催された連邦・州代表合同会議後の記者会見で、「コロナウイルスを克服するためには目下、ワクチン接種しかないが、残念ながらわが国の接種率は低いため、感染力の強いデルタ変異株の新規感染の拡散を防止できない。そのため不本意だが4回目のロックダウンを実施せざるを得なくなった」と説明し、国民に理解を求めた。

隣国ドイツでも18日に報告された新規感染者は6万5000人を超え、最多を記録した。ただ、人口10万人当たりの過去7日間の感染者数ではオーストリアはドイツの2倍強と圧倒的に多い。ウイルス学者は、「オーストリアは目下、人口比でのコロナ感染者数では世界で最も拡散している国だ」と指摘していた。「世界一」が好きなオーストリア国民も「コロナ感染率世界一」はお断りだろう。人口約850万人で新規感染者数が過去24時間で1万5000人を超えた。感染が猛威を振るっていることもあって、喫茶店でも自主的に閉鎖するところが出てきたほどだ。

不要不急の外出は禁止され、日常消費財を買う時、薬局に行くとき、会社に行くとき、精神的ストレス解消のための散歩など以外は外出できない。レストラン、喫茶店、コンサート、劇場など、文化イベントは全部中止される。学校は子供を自宅でケアできない場合に限り、学校に通わすことが出来る。高学年の生徒は可能な限り自宅でのEラーニングをするように願われている。会社ではホームオフィスが奨励される。

ところで、20日正午から英雄広場でコロナ規制反対の抗議集会が行われる。極右政党「自由党」などが主催するもので、1万人の参加が予定されているという。寒い中、マスクなしでワクチン接種反対、コロナ規制反対と叫ぶのだ。自由党のヘルベルト・キックル党首は15日、感染して自宅隔離中だが、フェイスブックで「抗議デモに参加できないことは残念だ」というメッセージを送っている。

17日夜にオーストリア第2都市グラーツで4000人が参加するコロナ規制に抗議する集会デモが行われた。前日には、感染が最も広がっているオーバーエステライヒ州でも抗議デモが病院前で行われた。病院ではコロナ感染患者が溢れ、医師団はどの患者を優先的に治療するか、集中治療室(ICU)ベッドを与えるかでトリアージチームが苦慮している時だ。医師、看護師たちはどのような思いで病院の外で行われているデモ集会を見ていただろうか。24時間、休むこともできず、増えるコロナ患者をケアする看護師の1人は「ICUにいる患者の姿を一度みればいい。コロナ感染が如何に恐ろしい感染症であるかが理解できるだろう」と述べていた。

ワクチン接種拒否者の声を拾うと、「ワクチンを接種すれば、不自然な化学品を体内に入れることになるから、健康を悪化させる」、「若い女性はワクチン接種をしないほうがいい。子供が産めなくなる」、「世界の製薬大手会社がワクチン接種を推進させるために感染防止のワクチンの有効性をフェイク情報で流している」、「政府はコロナ感染を操作し、国民に不安を駆り立てている」等々の声が聞かれる。「ビタミンCを取り、山に登って新鮮な空気でも吸えばコロナなど怖くない」と豪語してきた自由党のキックル党首は感染してしまった。にもかかわず、ワクチン接種を拒否し、コロナ規制は無用という人々が依然多いのだ。

欧州ではドイツ語圏地域のワクチン接種率が他の地域より低い。19日の時点でドイツは2回接種67.8%、オーストリアでは65.1%だ。独週刊誌シュピーゲル電子版(11月15日)は「ドイツ南部、オーストリア、スイス地域ではワクチン接種率が低い。その理由の一つとして、19世紀末から20世紀初頭に活躍したドイツの思想家ルドルフ・シュタイナー(1861~1925年)が始めた「人智学」の影響があるのではないか、と興味深い視点から問題に迫った記事を掲載していた。人間は物質の肉体だけではなく、霊性があって、その霊力の影響を受けた存在だから、化学的な薬などを外から摂ることは良くないと考える。「人智学者は、教育、個人衛生、栄養、健康の至る所で関わっている」という。彼らはキリスト教の宗派だ。

ウィーン市保健当局はこのほどワクチン未接種者宛に書簡を送り、「あなたは何月何日何時に接種の予約が取れました。是非接種を受けて下さい」と予約もしていない未接種者に一方的に予約の通達をし、「その日、用事があって接種できない場合は連絡して下さい」と要請している。それだけではない。未接種者がワクチン拒否する理由の質問に答える形で、ワクチン接種への偏見を和らげる努力までしている。例えば、問「ワクチン接種を通じてチップスが埋め込まれるのではないか」、答「それは陰謀説に過ぎません」、問「mRNAワクチンを接種すれば、遺伝子を変えるのではないか」、答「mRNAワクチンは我々の遺伝子やDNAを変えることはありません」といった具合に、Q&A形式で答えている。ウィーン市保健当局は、なんとかしてワクチンを接種してもらうために涙ぐましい努力をし、あの手この手を考えているわけだ。市からの書簡に対し、未接種者の中からワクチ接種の強制、個人情報の乱用と反発する声が既に聞かれる。

オーストリアでは国民の約30%がワクチン接種を拒否している。彼らは確信犯だ。その国民を接種させない限り、新規感染者の増加を抑えることはできない。厳しい冬の訪れを控え、ワクチン接種を巡る激しい攻防戦が展開されているのだ。直径100nm(ナノメートル)から最大200nmのコロナ・ウイルスは人間たちの攻防戦を見ながら、感染の牙を研いでいる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年11月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。