なぜ日本は苦しむのか?その①:他人事ではない東芝の行方

私は東芝というブランドが好きです。今使っているノートパソコンもその前も東芝製で今度新しく購入するのも東芝製にしたいと思っていたのですが、同じ「ダイナブック」というブランドは存在すれどシャープに売却済みです。残念です。

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一般ニュースではあまり報じられませんが、その東芝はもはや解体の危機にあるといってもよいでしょう。2015年に始まった一連の騒動に関して私はこのブログでたぶん10回以上取り上げています。「お前、しつこいんじゃないか」と思われるほど書き込みをしたのは東芝=ニッポン株式会社そのものであり、日本の失われた30年そのものであるからです。つまり、東芝の失敗は他の優良企業にも当てはまることになり、他人事だと思わない方がよいという警笛なのです。

今日のニュースを見ても新生銀行がSBIの軍門に下ることがほぼ確定しました。なぜでしょうか?国からの借金も返せず利益が上がらず、銀行経営になっていなかったからです。自己保身ばかり。同様にみずほ銀行もこのままでは永遠に同じ問題を繰り返します。新生銀行再生は北尾吉孝氏という剛腕の経営者がサポートするからよいでしょう。

では、みずほ銀行の場合、誰が適任かといえば私は外国人を持ってくるしかないと思います。欧米の巨大銀行の経営経験者かあるいは中央銀行の理事経験者でバンカー経験のあるような方が相応しいと思います。なぜなら行員は上から下まで批評家ばかりで、日本人経営者の言うことなど聞きやしないからです。つまり、纏められないのです。報酬は10億円は最低でも必要ですが、みずほ銀行はそれぐらい払えるでしょう、というよりたぶんその10倍以上稼いでくれるはずです。

私は日産が経営危機に陥った際にゴーン氏を招き入れたのは間違いなく正解だったと今でも思っています。もちろんその20年後の話は論外ですが、少なくともあの組合でグダグダだったボロ会社が一時的にせよ世界販売台数トップにまで躍り出る躍進を見せたのは紛れもない事実です。なぜ、あれほどの構造改革が出来たかといえば外国人だったからです。つまり、日本人は「外国人の偉そうな人」にはめっぽう弱いのです。

歴史の書籍を読めば日本人が島国ゆえに外国人との接点を通じて衝撃的影響を受けたケースは数知れず、です。明治の時代には大挙して外国に遊学に行きました。特に長州と薩摩にその傾向が強かった理由をご存知でしょうか?その二つの藩は三方、海に囲まれていてリスクがあったのです。戦国時代も含め、彼らは外様である以上に常に危険との背中合わせでした。よって明治時代に争うようにして両地域出身者が外国に向かっています。

一方、幕末における佐幕派(幕府支持派)は会津藩を含む関東東北地域出身が多かったのは外からの危機意識が少なかったからともいえるのです。

我々日本が30年も寝ているのは表面繕いの経営が多いからでしょう。危機意識の欠如とも言えます。その上、経営者は様々な意見を聞きすぎて自分の向かうべき方向を失ってしまっています。東芝はその典型で社長以下重役は運転免許をもって運転席に座っているけれどどこに行くのかわからなくてうろうろしている、そんな状態なのです。

東芝は解体されるのか、といえば今のままではその確率が高くなってきたと思います。つまり、消滅です。細々と事業ベースで残るでしょうが、総合電機メーカーという看板は消えるでしょう。

私が今、一番心配している会社は実はトヨタなのです。あの会社は社員も経営陣の顔も見えません。まるで中国の企業のようです。見えるのは豊田章男氏だけ。氏は創業家で車が好きでレースもする、経営者然として日本を代表する人材であることは間違いないのですが、次の手が見えにくいのです。経営はもっと多面的、かつ激論を交わしながら進めていくものなのに役員が「俺もついにこのポジションを勝ち取った」と選んでくれた社長さんに頭が上がらず、意見も言えない雰囲気があるのでしょう。

この傾向は下請けが重厚構造にある自動車業界や伝統を重んじる財閥系企業に多く、奉公するという言葉が最も適正な気がします。

私が東芝の経営者であればどうしたか、といえば非上場化が第一歩です。まずは外野の声を制御し、株価に一喜一憂することからいったん外れることが必要です。そもそも上場維持できないとしてアクティビスト達に株を持ってもらう選択をしたのは今の綱川智氏です。なぜ、上場を続けなくてはいけなかったかといえば「それがマスト」だと勝手に信じ込んでいたし、非上場などという選択肢をとれる器量がなかった、それだけです。銀行が「貸した金、返せ」と確かに報じられていましたがそんなことを言うならその銀行との取引を止めるぐらいの自信があればよかったのです。

銀行のメインバンク制度もあだとなっています。つまりメインバンクに逆らえないその他銀行が銀行のヒエラルキーを作ってしまったのです。まるで病院の「院長回診」と同じでこんなこてこての社会がいまだに残っているなんて時代錯誤もいいところなのにそれがガラパゴス諸島の珍獣のようにずっと生き延びているのです。

これがニッポン株式会社に対する私の警笛であります。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年11月25日の記事より転載させていただきました。