テヘランから朗報が届いた!!

大きなダムを思い浮かべてほしい。そのダムで小さな亀裂が見つかったとする。水圧を受け、ダムが突然破壊し、大量の水が流れ出し、下流地域は洪水となる。そんな亀裂がイスラム聖職者支配社会にも多数見られ出した。そんなことを思わせるニュースがテヘランから届いた。イランと言えば、核問題を想起する読者が多いと思うが、イランの社会が静かだが、変わろうとしているのだ。

イラン最高指導者アリ・ハメネイ師(IRNA通信サイトから)

イランで先月、裁判所で9人の改宗者(イスラム教徒からキリスト信者に)が自宅や個人の建物で行われた教会礼拝に出席していたとして、5年の刑を宣告された。Asianewsによると、現在20人のキリスト教徒が国家安全保障への脅威の罪でイランに拘留されており、2012年以来100人以上がこの罪で有罪判決を受けてきた。ところが、イラン最高裁判所が11月3日、「キリスト者らの自宅での礼拝の参加またはキリスト教の促進は国家安全保障を侵害する行為とはならない」と判断し、改宗者を訴える必要はないとの裁定を下した。イランではイスラム教以外の宗教者は「国家の敵」と受け取られてきたが、その国の最高裁判所が「そのようには解釈できない」という法解釈を下したのだ。本来はビッグ・ニュースだ。

しかし、上記のニュースを配信したバチカンニュース(12月7日)は、「今回の判決から、イスラム教からキリスト教への改宗者に対するイラン当局の対応に変化があった、と早計に考えるべきではない」とし、「たとえ最高裁判所の判定としても今回だけの特例かもしれない」と慎重な姿勢を崩していない。

当方は、イランの聖職者支配体制に小さいが穴が開いてきている、と考えている。イランは軍事的、外交的に成果を上げているが、国内は安定しているとはいえない。1979年のイラン革命前までは近代国家だったが、ホメイニ師主導の革命以来、イラン社会は神権国家か世俗国家かの選択に揺れ、国民も社会も分裂している。その上、新型コロナウイルス感染が世界的に拡大し、原油価格が下落してきた現在、国は国民を養うことができなくなってきた。そのため国民の間で指導層への不満、批判の声が出てきている。イラン国民の平均年齢は30歳以下だ。彼らの多くは失業している。若い世代の閉塞感がイランの政情を不安定にする大きな要因となっている(「イラン当局が解決できない国内事情」2020年12月2日参考)。

それだけではない。例を挙げてみる。サウジアラビアとイランの間で交流がみられるのだ。独週刊誌シュピーゲル(4月24日号)によると、サウジの情報機関の責任者ハーリド・ビン・アリー・アル=フメイダーン氏(Khalid bin Ali AL Humaidan)と「イスラム革命防衛隊」 (IRGC)のイシマエル・クアー二氏(Ismail Qaani)が4月9日、イラクのバグダッドで会合した。会合の内容は発表されていないが、2016年以来、関係が悪化してきた両国間の会合自体はサプライズだった。

サウジはイスラム教スンニ派の盟主を自認し、イランはイスラム教シーア派の代表格だ。両国間で「どちらが本当のイスラム教か」といった争いを1300年間、中東・アラブ世界で繰り広げてきたライバル関係だ。その両国がここにきて接近してきたのだ。聖職者側の許可がない限り、イラン高官がサウジの情報機関責任者と会うことはできない。ということは、イランの聖職者内で何らかの動きが出てきていると考えていいわけだ。

イスラエルとイラン両国の関係は、現代史に限定すれば犬猿の仲だが、ペルシャ時代まで遡ると、異なってくる。イスラエル史を少し振り返る。ヤコブから始まったイスラエル民族はエジプトで約400年間の奴隷生活後、モーセに率いられ出エジプトし、その後カナンに入り、士師たちの時代を経て、サウル、ダビデ、ソロモンの3王時代を迎えたが、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされる。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝国の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となったが、バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ペルシャ帝国下に入った。そしてペルシャ王朝のクロス王はBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還させたのだ。現在のイラン人は、「地図上からイスラエルを抹殺する」と強迫するが、彼らの祖先の王が約2550年前、ユダヤ人を捕虜から解放して故郷に帰還させたのだ。ペルシャ王クロスがユダヤ民族を解放しなければ、現在のイスラエルは存在しなかった。

中東はアブラハムの後裔たちの歴史だ。頻繁に対立してきたが、共通ルーツを有している事実は否定できない。だから、和解の動きが出てきても不思議ではない。シーア派とスンニ派の和解だけではなく、ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の統合も決して妄想とはいえない。その意味でサウジとイランの接近、先のイラン最高裁判所のキリスト信者への「国家の犯罪」否定判決は、大きな歴史的な改革へのうねりを感じさせる出来事ではないか。

参考までに、このコラム欄で「『アブラハム家』3代の物語」2021年2月11日、「欧州社会は『アブラハム文化』だ!!」2021年6月20日、を書いた。中東のユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3宗派は等しくアブラハムを「信仰の祖」と仰いでいる。紛争を繰り返してきた3宗派だが、アブラハムに戻れば同じ兄弟ということになる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。