ワタミ株式会社(以下、ワタミ)がすし事業に参入します。
にぎり寿司一貫96円から提供、ワタミがすし事業参入…回転ではなく焼き鳥や鍋料理も
「あれ? このあいだ焼肉屋始めたばかりじゃなかったっけ」
その通りです。 同社代表取締役社長の渡邉美樹氏は、2020年10月に和民120店舗をすべて焼肉店に業態転換すると発表。「人生最大の勝負」と述べたばかり。変わり身が早いようにも見えます。
背景には、外食の機会が大幅に減ったこと。外食するにしても、事前に食べるものを決めてから訪店する「目的型外食」が主体になっていること、があります。総合居酒屋から、専門料理店にシフトする必要があるのです。では、どのような料理が「目的」とされるのでしょうか。
「焼肉と寿司」、というデータがあります。
今、一番外食で利用したいのは、1位「焼肉」、2位「寿司」、3位「ラーメン」
緊急事態宣言解除後に行きたいお店 1位:焼肉、2位:寿司|株式会社ROIのプレスリリース
ワタミが、「焼肉」に続き、選んだのも「寿司」でした。
飲食業界では新業態へ転換する企業が増えています。
居酒屋チェーンの株式会社鳥貴族ホールディングス(以下 鳥貴族)は、ハンバーガー事業「トリキバーガー」を。ハンバーガー事業を営む株式会社ドムドムフードサービス(以下 ドムドム)は、和牛プレミアムバーガーと酒類を提供する新業態「TREE&TREE’s」を、立ち上げています。
トリキバーガーは、プロジェクトリーダーに元マクドナルド営業部長だった高田哲也氏を起用。TREE&TREE’sは、2019年の六本木イベントを発端に2年の歳月を掛ける、など両事業とも用意周到でした。
これらに比べ、「すしの和」は準備不足の感があります。
居酒屋から脱皮できていない酒類主体のメニュー。午後4時から深夜1時までの営業時間。2時間という長めの想定滞在時間。これらを見ると、「すし屋にカモフラージュした居酒屋」、という印象を持ってしまうのです。
準備不足の中、競合するのは「株式会社あきんどスシロー(以下 スシロー)」や「くら寿司株式会社(以下 くら寿司)」など回転寿司チェーンです。
これらから客を奪い、本物の寿司居酒屋、いやワタミのいう寿司居「食」屋に転換できるのか。ワタミの新業態「すしの和」について考察します。
品揃えとターゲット層
「すしの和」は、寿司と大山どりを主力商品としています。
寿司は定番のものが大半を占めます。酒類は、8種の日本酒に加え、米焼酎、サワー、ハイボールなど充実した品揃えです。
回転寿司によくある、肉や揚げ物をネタとした寿司はありません。デザートも、カスタードプリンと抹茶わらび餅の2種のみ。10種以上のデザートがあるスシロー・くら寿司に比べ貧弱です。
回転寿司と比べ、大人向け。家族向けではありません。
ところが、ワタミの渡邉社長は、「家族」をターゲットとしています。
「いまコロナ禍で生き残る可能性のある業態は、郊外であり、住宅街であり、家族をターゲットにしたもの」
「ワタミ」すし事業に参入 焼き鳥や鍋料理も提供へ(ANNnewsCH)
ターゲットに合わない品揃えにしている。ここに大きな矛盾があります。
「仕入力」は強みとなり得るか
ここからは、競合との対比で見ていきます。
「すしの和」の競合は、スシローやくら寿司など回転寿司チェーンの強豪です。
差別化できる強みを持っているのでしょうか。
プレスリリースには「仕入力をいかす(活かす)」とあります。居酒屋事業で培った仕入ルートを活用し、鮮度の高い魚介類をネタにできる、ということのようです。
しかし、くら寿司は「仕入」の上流工程「養殖」事業にまで手を広げています。
くら寿司がAI養殖を取り入れた新会社設立、「スマート養殖」のかたちとは?
「養殖」まで事業範囲を広げることにより、自店の寿司ネタだけではなく、全国のスーパーマーケットへの卸販売も視野に。この強力な競合に対し、「仕入力」は強みとなり得るか。難しいところです。
不明瞭な動機
そもそも、今回の転換事業になぜ寿司を選んだのか。なぜ寿司と焼き鳥なのか。この動機がはっきりしません。
渡邉社長は、新事業について以下のように述べています。
「居酒屋ど真ん中の立地に200店舗以上持っている。これをなんとかしなければ」
「回転寿司はコロナ前(に)100%戻っている」
「来店目的を明確にした業態。これが今求められている」
これらの発言から、大きな店舗を維持しつつ、居酒屋の「強み」である刺身と焼鳥を活用したい。だから「寿司事業(+焼鳥)」にしよう。そう考えたのではないか、と推測できます。動機としては弱く感じます。
競合するスシローやくら寿司が事業にかける「思い」は強固です。
「回転ずしという業態は『夢の空間』」とするスシロー。「回転ずしのベルトには大きな可能性がある」とするくら寿司。
この強い「思い」と同等の動機が、「すしの和」には見当たらないのです。
弱気に見える渡邉氏の発言
2004年、渡邉氏は「和民」広島第1号店出店の場所として、競合居酒屋チェーン「笑笑」(株式会社モンテローザ)が入っているビルを「あえて」選びました。
「どこぶつけても必ず勝ちますから」
当時45歳だった渡邉氏の、強気の発言です。「60歳で引退する。ワタミの経営からきっぱり足を洗う」(※)と述べたのもこの頃でした。
17年経った今年の10月。「62歳」となった渡邉氏はワタミ社長に復帰。
今回のすし事業進出については、
「(回転寿司) 3回行くうち1回(『すしの和』に)来て欲しい」
と「弱気」ともとれる発言をしています。これは、本当に「弱気」なのか。それとも、緻密に立てた「戦略」に基づく発言なのでしょうか。
どちらがワタミに貢献できるのか
「すしの和」には、不安要素・不確定要素が少なからずあります。
「焼肉の和民」とどちらがワタミに貢献できるのか。
今後、探りながら出店割合を調整していくことになるでしょう。
【参考】
※「渡邉美樹のシゴト進化論」(渡邉 美樹/著 日経BP社)