オミクロン株とAIの「深層学習」

長谷川 良

生命維持の代謝活動のないウイルスは厳密にいえば非生物だが、生命体と同様、ディ―プラニング(深層学習)している。独週刊誌シュピーゲル(2021年12月4日号)は新型コロナウイルスの変異株オミクロン株がどのように発生したかをテーマにしていた。興味深い点は、オミクロン株が感染するターゲットは免疫機能が弱い人間だ。そこに侵入してもその人間の免疫システム、キラー細胞に攻撃される心配は少ないからだ。健康体で免疫機能が強い人間に入れば、オミクロン株のウイルスはその人の免疫にやられてしまう危険性が出てくる。

次が問題だ。免疫の弱い人間に感染したオミクロン株はディープラニングを始める。その期間(潜伏期間)がどれだけかは知らないが、ある一定の期間、オミクロン株は発病しない。潜伏して人間の免疫システムがどのように機能しているかを学ぶからだ。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は20日、記者会見で、「アフリカは1カ月前までは、過去1年半、最も感染者数が少ない大陸だったが、過去1週間で世界で第4番目に新規感染者が多い地域になった」と指摘している。過去1年半、オミクロンは人間の免疫システムを学んでいたことになる。

オミクロン株が最初に感染するのはHIV(ヒト免疫不全ウイルス)患者に多い。オミクロン株の発祥地の南アフリカにはHIVに感染した人の多いことが知られている。また、臓器を移植した患者に感染する。新しい臓器を移植した場合、その人間の免疫システムはそのニューカマーをやつけようとするから、医師は臓器移植した患者には免疫機能を抑制する薬(Immunsuppressivum、免疫抑制剤)を投与する。移植した臓器が副作用を抑え、その患者に定着するように手助けをする。オミクロン株にとっては絶好のチャンスとなる。薬の投与で減退した免疫システムの人間は最も安全な学習場所となるからだ。

そして深層学習を終えたオミクロン株はいよいよ本来の野望を発揮し出す。人間の免疫システムのメカニズムを学んだオミクロン株は健康体の人間に感染しても容易には壊滅される懸念はないから、その感染力を増加し、致死力も強まる。英国、オランダ、デンマークでオミクロン株が急速に感染拡散しているのは学習済みのオミクロン株だろう。世界のウイルス学者がオミクロン株を警戒するのはその学習済みの変異株だ。その変異株がどのようなパワーを学んできたかを理解しなければならないからだ。人間でも文科系を学んだのか、理科系かでその進路が変わるように、どのような学習を経てきたかでウイルスの変異株の感染力、致死力が異なってくるからだ

深層学習といえば、人工知能のことを想起する。東京工業大学の澤田哲生助教はアゴラ言論プラットフォームで「AIナノボットが核兵器を葬り去る」2021年11月30日)という記事の中で、人間を凌ぐAIの登場を紹介していた。深層学習を通じて飛躍的に発展させたAIの存在が浮かび上がるのだ(AIナノボット=ナノとロボットの複合語)。

澤田氏は、「AIの世界的権威であるレイ・カーツワイルによれば、2029年頃に人工知能が人間と同等の知能を持つようになり、2045年にはシンギュラリティー(技術的特異点)が起こると予想されている。その結果、人間よりもAIの知能が勝り、人間にしかできなかったことのほとんどがロボットやAIが行うようになる」というのだ。汗をかく労働から人間を解放してくれるAIというレベルではなく、強力な演算能力はもちろん、「ヒトと同じような心、つまり意識を持って自律的に行動するという身体を持ったAIが登場してくる」という。

ここまでくると、懸念が出てくる。人体の免疫システムを学んだオミクロン株は感染力、致死力を増幅させ、人類を滅ぼさないだろうか、深層学習で人間の感情、心の領域まで理解を深めていったAIは果たして常に人間の友であり続けるだろうか、といった新しい問題が出てくるのだ。

世界的ベストセラー「サピエンス全史」の著者、イスラエルの歴史家、ユバル・ノア・ハラリ氏(Yuval Noah Harari)は、「人類(ホモ・サピエンス)は現在も進化中で将来、科学技術の飛躍的な発展によって“神のような”存在『ホモ・デウス』(Homo Deus)に進化していく」と考えている同氏は、「20世紀までは労働者が社会の中心的役割を果たしたが、労働者という概念は今日、消滅した。新しい概念はシリコンバレーから生まれてくる。例えば、人工知能(AI)、ビックデータ、バーチャル・リアリティ(VR)、アルゴリズムなどだ」という。そして「数世紀後ではなく、数十年後に到来するだろう。バイオ・エンジニアリング、サイボーク、無機生命体らの領域で成果をもたらすならば、われわれは神のようになるだろう」という。

ハラリ氏の指摘は非常に現実的な予測だ。問題は、澤田氏も指摘されているように、AIと人間との関係の主従関係が逆転しないかという点だ。例えば、愛や同情といった人間の感情の世界を理解するAIが登場すれば、人間はAIに対しどのような関係を築くことができるかだ。まったく新しい領域だ。

最近、Neurotheologieという言葉を初めて聞いた。脳内で宗教性と精神性がどのように機能し、それらがどのように生じたのかを研究する分野で「神経神学」と呼ばれている。神経神学者は神の存在について、「依然、信仰の問題であり、近い将来、解明できる問題ではない」と受け取っているが、愛や利他的な思いは脳内の中脳水道周囲灰白質と呼ばれる領域からもたらされていると分かっている。その領域に関して深層学習をしたAIが近い将来、神のような存在になっていくことが考えられる。それでは、同じように人間の免疫システムを学習したオミクロン株は近い将来、どのように発展していくだろうか。

AIとオミクロン株は共に非生物だが、生命体の人類にとって回避できない深刻な問題をわれわれに提示しているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。