北京冬季五輪の「3つのハードル」

中国国営新華社の報道によると、中国共産党中央委員会政治局常任委員会のメンバーであり、2022年の北京冬季五輪準備を監督する責任者の1人でもある韓正副首相(Han Zheng)は14日、北京冬季五輪大会開催まで2カ月を切ったことを受け、国家速滑館、冬季オリンピック村、メインメディアセンターなど、北京のいくつかの会場を視察している。同副首相は「パンデミックはゲーム主催者にとって厳しい試練だ。常に警戒を怠らず、COVID-19の対策に厳密に従うように」と関係者全員に注意を促している。

北京冬季五輪会場を視察する韓正副首相(2021年12月16日、北京冬季五輪大会公式サイドから)

北京冬季五輪大会は2月4日から20日まで、その後、3月4日から13日まで冬季パラリンピックが開催される。中国共産党政権は冬季五輪大会を国家の威信高揚のチャンスと受け取り、「北京は夏季と冬季の両五輪大会を開催する世界初の都市」として関係者に発破をかけている。

その中国の野心にとって障害となるのは3点ある。①新型コロナの変異株「オミクロン株」の感染、②外交ボイコット、③雪状況だ。

まず、①中国武漢発の新型コロナウイルスの変異株オミクロン株の感染拡大だ。英国、デンマークなど欧州ではオミクロン株が猛威を振るっている。中国でも既に感染者が確認されている。中国国営メディアによれば、天津市では12月9日、海外から中国入りした人にオミクロン株の感染が見つかった。また、中国広東省広州市の衛生当局は16日、市内でオミクロン株に感染した事例が見つかったという。オミクロン株の市中感染だ。オミクロン株の感染力を考えると、中国全土で既にかなりの感染者が出ていると考えられる。

中国共産党政権は新型コロナのパンデミック発生以来、「ゼロ・コロナ」対策を掲げてきた。具体的には、夜間外出禁止令、集団検査、強制検疫、コンタクトトレーシング、広範囲にわたる旅行と入国の制限などだ。五輪開催中も同じ政策を実施していくという。

中国当局は冬季五輪大会の成功とコロナ感染対策を「膨大な圧力と挑戦」と受け取っている。北京冬季五輪大会組織委員会の韓子栄副委員長(Han Zirong)は23日、北京で「オミクロン株の蔓延は世界のコロナ状況に大きな不確実性をもたらしている」と述べ、オミクロン株の感染拡散に中国当局が神経質になっていることを明らかにしている。同副委員長は、「五輪開催中に一定数の感染者が出てくる可能性は排除できない」と指摘し、「オリンピック参加者と国民のCOVID-19対策を徹底して実施しなければならない」と強調している。

同副委員長によると、「オリンピック選手も毎日、コロナ検査を受けなければならず、検査で陽性が判明したならば即隔離される」という。五輪会場での外国人観客はなく、国民が観戦できるか否かは現時点では不明。同副委員長はコロナ感染状況次第と断ったうえで、昨年の東京夏季五輪大会と同様、「無観客の北京冬季五輪大会」となる可能性を排除しなかった。

次は中国のウイグル人弾圧政策など人権蹂躙に抗議しての「外交ボイコット」の動きだ。米、英、カナダ、オーストラリアは早々と「五輪選手の参加は認めるが、政府関係者を開会式や閉会式などに派遣しない」と表明。日本政府は24日、政府関係者を北京に派遣しないことを決定し、欧米諸国の外交ボイコットに仲間入りしたばかりだ。

参考までに、欧州の動きを見る。フランスはボイコットする考えは今のところ皆無だ。なぜなら、2024年にパリ夏季五輪大会の開催を控え、「中国側の協力が不可欠」という判断から、北京を怒らす外交ボイコットは避けたいからだ。マクロン大統領は通常、人権問題などで積極的に発言してきたが、国益に密接に関連した場合は沈黙するわけだ。ドイツの場合、ショルツ新政権が発足したばかりだが、外相に就任した「緑の党」のベアボック外相はこれまでも中国の少数民族の弾圧政策を批判してきた。ただし、中国はドイツ製自動車の最大の輸出先だ。人権問題と経済利益のバランスが出てくるため、外交ボイコットは難しい判断となる。

ちなみに、中国の習近平国家主席は21日、ショルツ首相との初の電話会談で、メルケル前政権時代と同様、両国関係の発展を要請している。同時に、「冷戦思考には断固反対しなければならない」と述べている。中国は独新政権が米国の対中包囲網に参加することを恐れているのだ。欧州連合(EU)は共同外交を標榜しているが、ハンガリーなど欧州の一部では習近平国家主席が提唱した新インフラ構想「一帯一路」に参加するなど、EU加盟国で反中と親中に分かれているのが実情だ。

最後は「雪」だ。ウインタースポーツのメッカ、オーストリアではアルペンスキーやノルディックスキー選手は競技開始前、雪の状況に非常に神経を使う。ウインタースポーツが盛んでなかった中国は欧米の一流選手の雪に対するきめ細かい配慮を理解できないだろう。だから中国側から「選手たちは人工雪を好む」といった返答が飛び出すわけだ。雪は気象状況次第だから現時点では何もいえないが、「北京の雪はウインタースポーツには合わない」と欧米のアスリートから言われないようにしたいだろう。

なお、米国は外交ボイコットをするが、競技選手は参加する。北京冬季五輪大会組織委員会の感染症対策室の黄春副所長(Huang Chun)によると、ウインタースポーツ競技の中でも人気があるアイスホッケーで、世界トップクラスが所属する米ナショナルホッケーリーグ(NHL)はコロナウイルスの感染問題もあって、「トップクラスの選手を北京に派遣しない」と決定したという。オリンピック競技の魅力がまた一つ見られなくなったわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。