スペイン富豪者番付2位はZARA後継者ではない創業者のもう一人の娘だ

マルタ・オルテガ(左)と サンドラ・オルテガ(右)ESPAÑA, INDITEX SANDRA ORTEGA.05-01-2022.

インディテックスの後継者にならないもう一人の娘

今年4月にZARAを含むグループの親会社インディテックス社の創業者であるアマンシオ・オルテガ氏(85)にはもう一人娘がいることはスペイン以外の国では殆ど知られていない。彼女の名前はサンドラ・オルテガ氏(52)(以後、サンドラ)で、スペインの富豪者番付ではアマンシオ・オルテガ氏に次いで2位に位置している女性だ。

彼女の資産は63億ユーロ(7560億円)。この資産の大半は亡くなった彼女の母親ロサリア・メラ氏から受け継いだものだ。サンドラ氏は父親のオルテガ氏と同様にメディアに姿を現すことなく、富豪でありながら富裕者の世界には一切拘わりをもとうとしない控えめな女性だ。

余談ながら、父親がメディアで姿を見せるようになったのはインディテックスが上場してからであった。それまでは急成長しているZARAの創業者はアマンシオ・オルテガ氏だと言われてはいたが、メディアに彼が登場しないものだから、彼は架空の人物ではないかと噂されたほどであった。

サンドラ氏も父親のDNAを受け継いでいるようで、マスコミとの接触を極力控えている。メディアに頻繁に姿を見せる異母妹でインディテックスの後継者マルタ・オルテガ氏とはまったく正反対である。

サンドラ氏の母親ロサリア・メラ氏(以後、ロサリア)はアマンシオ・オルテガ氏の最初の妻で、夫のオルテガ氏と一緒に20年余り町工房の段階から彼女が縫製を担当して苦楽を共にし、ZARAが世界企業に成長するのを内助の功として夫を支えて来た夫人であった。

オルテガ氏に愛人がいた

ところが、夫のオルテガ氏の前に一人の女性が現れた。ZARAの縫製部門にいた女性フロラ・ペレス氏(以後、フロラ)であった。ロサリア氏は夫に愛人がいたというのは殆ど知らなかったようだ。しかし、夫と愛人との間で1984年に女子が誕生したということに及んでロサリア氏は夫婦の破局を迎えたと判断。オルテガ氏は彼女と離婚することを決め、愛人フロラ氏と一緒になることを決めた。

双方の離婚は可なり難局があったようだ。何しろ、ロサリア氏にとってインディテックスを世界企業にまで成長させた背景にはその礎を築き、その後もオルテガ氏を支えて来た彼女の貢献が大きいと判断していたからだ。最終的にインディテックスの5%の株の譲渡が柱になって双方で離婚が成立した。

それはサンドラ氏が16歳の時だった。彼女はその時に父親ではなく母親と生活を共にすることを決めた。そして、母親が2013年に69歳で突如亡くなると、サンドラ氏は母親の財産を脳症麻痺の兄と一緒に受け継いだのである。

オルテガ氏に愛人が登場していなければサンドラが後継者に

オルテガ氏の前に愛人が登場していなければ、或いは父親と母親が離婚した際に父親と一緒に生活することを決めていれば、サンドラ氏がインディテックスの後継者になっていた可能性は十分にある。何しろ、父親のDNAはサンドラ氏の方がマルタ氏よりもより強く受け継いでいるのは確かだからである。マルタ氏は母親であるフロラ氏のDNAを受け継いでいるようで表に出たがる性格だ。

このような経緯があり、サンドラ氏は父親とは最近になって寄りが戻ったようで、彼女の3人の子供は頻繁に父親アマンシオ・オルテガ氏と一緒にいる時が良くあるそうだ。一方の異母妹マルタ氏との接触は全く皆無だという。(11月30日付「ディビニティ」12月21日付「ムヘール・オイ」から引用)。

サンドラ氏の2つの事業

サンドラ氏は母親が亡くなったことで、母親の事業を受け継いだ。ひとつはロスプ・コルーニャ(Rosp Corunna)と、もうひとつはパイデイア・ガリサ(Paideia Galiza)である。前者は企業への投資事業、後者は身体障碍者への福祉事業である。母親はサンドラ氏の兄に脳障害者がいるということで離婚で得た資金を福祉事業に充てることに強い関心をもっていた。

投資事業の最初は彼女の地元であるガリシア地方の製薬会社で銀行から当初そっぽを向かれていたファルマ・マル社と呼ばれていたグループ製薬会社セルティア(Zeltia)の株4%を2002年に購入した。同社は2020年に薬品アピリィディン(Aplidin)を開発。当初コロナ菌の体内での発育を阻止する効能があるとされていたが、それは期待外れに終わった。しかし、同社の薬品ゼプゼルカ(Zepzelca)は腫瘍の増殖を抑える効果があるとして米国で既に発売されている。

更に不動産事業にも進出している。何しろ、今年だけでもインディテックスの株主として彼女に1億1000万ユーロ(132億円)の配当があったのだ。それを上手く活用することが彼女の使命となっている。

その一方で、投資として損出を招いているのがホテルルームメイト(Room Mate)への投資である。同ホテルのオーナーであるキケ・サラソラ氏はスペインの民主化で14年間首相としてスペインの産業発展のインフラを築いたフェリペ・ゴンサレス氏の親友で富豪であったエンリケ・サラソラ氏の息子でホテル事業に営んでいる。ロスプ・コルーニャは同ホテルの31%の株を取得するのに2600万ユーロ(31億2000万円)を投入。ところが、2019年からルーム・メイトは赤字に転落。コロナ禍の影響もあって経営危機が加速し国家産業出資公社に5600万ユーロ(67億2000万円)の支援を要請した。

実はこの投資はサンドラ氏に内緒で彼女の母親の右腕として活躍していたホセ・レイテ氏が独断で決めたものだとしてサンドラ氏は彼を解雇し訴訟を起こした。しかも、レイテ氏はサンドラの署名を偽造していたということも明らかになっている。しかし、同氏によると、数多くの書類などを署名する必要のあった彼女にとって全幅の信頼を寄せていた彼が彼女に代わって署名していたのは日常良くあったことだと回答しているという。(11月3日付「ハフィントンポスト」から引用)。

また彼女は父親と同じように、昨年のコロナ禍による医療危機の始まりには手術用のマスク100万枚と医療用ガウンを5000着、さらに顔面スクリーンも同様に量多く寄付した。(上述「ディビニティ」から引用)。

もう一つの福祉事業パイデイア・ガリサの分野においては年間の予算200万ユーロ。その内の60万ユーロ(7200万円)をロスプ・コルーニャが負担している。彼女は大学で心理学と人間科学を修学したということもあって、福祉事業には強い関心を示している。彼女の日常の活動の大半はこの福祉事業に費やされている。

サンドラ氏の夫パブロ・ゴメス氏とは長い付き合いの末に結婚し、彼は現在インディテックスに勤務して役職に就いてはいるが、マルタ氏を会長とする11人の新たな執行役員の中には加わっていない。

創業者の前にフロラ氏が出現していなければ、サンドラ氏がインディテックスの会長に就任していたかもしれない。しかし、彼女も父親と同様に控えめで、仮に会長になっていたとしてもメディアが彼女の写真を撮るのは容易ではないであろうと推察されている。4月から会長に就任するマルタ氏とは正反対である。

 サンドラ氏とは接触のない父親の後妻のインディテックスにおける影響力

フロラ氏の創業者に与える影響力は強く、今後のインディテックスはファミリー企業色を強くするようになる。何しろ、役員には彼女の兄弟3人と義弟がひとりいる。その内の2人の兄弟は執行役員のメンバーである。

アパレル業界で世界ナンバーワンの企業がファミリー色を強める点には疑問の余地は十分にある。しかも、執行権はないとは言え、会長に就任するマルタ氏は企業経営は全くの素人だ。インディテックス内のあらゆる部門で働いた経験はあるという。しかし、創業者の娘として働いても周囲は彼女に遠慮して厳しい指導はできない。しかも、インディテックスでZARAを始め8つのブランドのどれひとつにも最高責任者としての経営を任されたこともない。その一方で、創業者の娘で将来の後継者としてメディアに頻繁に登場してちやほやされている。

彼女がインディテックスの会長に就任して果たして経営能力を発揮する実力があるのかという疑問は非常に強い。その不安を如実に示すものとして、会長でCEOのパブロ・イスラ氏が4月にインディテックスを去り、マルタ氏が会長に就任すると発表された途端に同社の株は6%下落した。

これはあくまで想像でしかないが、創業者の前にフロラ氏が現れることなく、サンドラ氏がインディテックスの会長に就任していたら同社の将来への展望はより期待できるものになっていたかもしれない。またパブロ・イスラ氏もサンドラ氏が十分に経営者として成長するまで同社に留まっていたかもしれない。