2022年は「安保」の年である

AlexLMX/iStock

冷戦期よりも深刻な安保環境

筆者が生まれた時にはソ連は存在していなかったし、米ソ冷戦も実体験としては経験していない。しかし、書籍や映画などで、米ソが核戦争の一歩寸前まで行ったキューバ危機を疑似体験したり、ソ連崩壊後直後の核拡散のリスクを知ることで、冷戦期がいかに緊張感で満ちた時代だったのかを実感できる。また、フランシス・フクヤマ氏の著書「歴史の終わり」や民主平和論を主張したマイケル・ドイルの論文などを通して、いかに冷戦終了直後の識者たちが楽観的な未来を描いていて、恒久的な平和の実現について確信に近い思いを抱いていたかが分かる。

しかし、米ソ冷戦という歴史を形作ったイベントから30年経て、筆者を含めた日本人が未だに冷戦状態に身を置いていることに気づく。確かに米ソ冷戦はひと段落して、欧州方面の冷戦構造は瓦解したように見える。

しかしながら東アジアは未だに冷戦構造の最中にいる。それは、朝鮮半島を二分している38度線、そして朝鮮戦争が未だに終結していない事実から明らかなことである。さらに、誰が正当な中国であるかを決めるはずだった中国共産党と国民党間の争いである国共内戦が最終的に決着を付いていない。

以上のことから、20世紀中盤に登場した米ソ対立を起点とする冷戦構造は今も東アジアの政治を縛っているともいえよう。

また、冷戦の牙は現代日本に間接的かつ直接的に向けられている。北朝鮮や中国は20世紀の間は日本にとっての心配の種であったが、日本の圧倒的な経済優位性、加えてアメリカの軍事力による抑止のおかげで、喫緊の脅威ではなかった。

しかし、冷戦終了以後、北朝鮮や中国は軍事力の増長にまい進し、北朝鮮はミサイルと核で日本を脅すようになり、中国に至っては少なくても東アジアにおいてアメリカを凌駕するまでに到達している。そして、アメリカと匹敵をするような軍事力を手にした中国は台湾を「解放」し、事実上未終結である国共内戦にけりをつけようとしている。

一方、上記で米ソ冷戦及びそこから派生した欧州方面での対立が一時休止したと言及したが、再び超大国の地を占めようと目論むプーチン大統領の冒険的な手法によって冷戦構造が再燃しようとしている。現時点では、ウクライナ情勢をめぐって、高い緊張感が西側とロシアの間で続いており、こちらの方でも紛争の可能性があると指摘されている。

主眼は北朝鮮だけではない

そのような日本が置かれている状況を意識してなのか、岸田首相は2013年に安倍政権の下で初めて策定された国家安全保障戦略(国家安保戦略)の改定する考えを示した。国家安保戦略は長期的視野に立って日本の安全保障を考えるための指針を定めるために作成された文書である。すなわち、日本の安全を守るための根幹となる文書であり、その根幹部分に変化が加えられることにしたがって、それに付随する防衛大綱、中期防衛力整備計画といった文書も改定される見込みだ。

国家安保戦略の最大の焦点とされているのが敵基地攻撃能力の推進を示唆する文言を挿入するかどうかについてである。敵基地攻撃能力を導入する大義名分は北朝鮮に対する抑止がひとつにある、各メディアを見渡してもそれが主眼となっている印象がある。しかし、北朝鮮に加えて中国も念頭に置いていることも忘れてはならない。

北朝鮮同様に中国も大量のミサイルを日本に対して向けており、特に中距離ミサイルに関しては深刻なミサイルギャップが存在している。この現状は看過していては、尖閣、台湾をめぐって有事が起こった際に十分に日本は対応することができない。

それゆえ、主に中国の行動を抑制する最大限の抑止力の一環として敵基地攻撃能力、すなわち現行の法体系が規制している以上の射的距離を要するミサイルの導入が求められている。岸田氏が上記の懸念を踏まえて、敵基地攻撃能力を導入する筋道を作れるかどうか注目である。

中国だけではなく、アメリカも脅威に

さらに、岸田氏を待ち受けるのは軍事にまつわる伝統的な安全保障を背景とした法律の整備だけではなく、比較的新しい概念である経済安全保障を目的とした施策の推進である。近年のアメリカは中国の経済活動が国防を脅かす危険性があることを器具し、米議会がイニシアチブを取り、経済の分離を図ろうとしている。

米議会がいかに本気なのかを示すのは2019年度国防授権法が象徴的である。この法律により、安全保障上の理由からファーウェイなどの5社の中国系情報通信企業との取引を米政府が行うことを禁止した。さらに、2020年には間接的にそれらの企業のサービスやハードウェアを使用している企業も規制の対象になった。

経済安保の専門家の平井宏治氏は最終的には民間企業も中国企業との取引が制限される日が来るとし、国防授権法は地ならしにすぎないと示唆する。さらに、中国も2020年にアメリカに対抗するかの如く、「輸出管理法」を制定し、究極的には米国の製品やサービスを国内から締め出す動きを始めている。

このような米中間の制裁や規制の応酬が日系企業の経済活動、さらには日本の経済にまで打撃を与える恐れを危惧して、今年度中の目玉法案として岸田首相は経済安全保障推進法の成立を目指している。

2022年は「安保」の年か?

これまで記したように、岸田氏は新旧の安全保障の側面から、挑戦を受けており、且つ迅速に対応する必要に迫られている。しかし、行動を示せば反発は必須である。敵基地攻撃能力導入の意思を示せば与党公明党、世論を刺激する。さらに、経済安保を強化することは魅力的な市場である中国から企業を遠ざけることにつながり、短期的に見れば企業にとっておいしい話ではない。場合によっては、2022年は2015年のように安保をめぐるハレーションを我々は目撃するかもしれない。

2022年は日本の安全保障が充実するきっかけとなる「安保」の年となるか、道半ばで破綻するのか。すべては岸田氏の安保観次第であり、大局的な視点にたって世論への啓蒙活動を行っていくことが求められる。