日経の「SDGs教」企業広告は新聞用紙の浪費

連日の大展開は異常

経済専門紙の日経を開くと、SDGs(持続可能な開発目標)、ESG(環境・社会・企業統治)、脱炭素などの大特集記事、全面広告が連日、溢れかえっています。40㌻を超す紙面の何㌻もこれらが占める異常さです。

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周辺の知人は、「SDGsにはプラス面もマイナス面もがあるのに、この御旗が見えないのかと言わんばかり」「目標と実現可能性には乖離があるのに、理想に到達しうるとの幻想を振りまく。まるでSDGs教」「一般読者は読まない特集、広告、宣伝の分をせめて値下げすべきだ」と立腹しています。

紙の新聞が読まれなくなり、部数が減ると広告を集めにくくなる。一般紙も広告単価の低い通販、健康・食品の全面広告が目立ちます。日経はこの種の広告と相性が悪く、イベント企画、会議広告などをかき集め始めた。数年前からでしょうか。

新型コロナ不況でその傾向に拍車がかかりました。日経がここぞと飛びついたのが国連、世界銀行、IMF(国際通貨基金)などがお墨付きを与えたSDGs、ESGのうねりです。産業、企業はそれに乗り遅れまいとしており、経済紙の日経は、それがビジネスチャンスだと目をつけたに違いない。

酷いと思ったのは、12日の「第一回日経統合報告書アワード」と称する8㌻の広告特集です。「投資家向けの報告書が進化し、SDGsなどの非財務情報を取り込んだ統合報告書に発展した。290件の応募があった」と説明し、290社分の報告書の表紙を並べただけの広告紙面です。

ここでもSDGsが登場します。こんなものはネットでみれば十分です。8㌻分の用紙、印刷代を読者に返してほしいと私は思いました。

日経のホームページを見ますと、「ESGsは、報道はもちろんイベントなども通じて解決策を積極的に提案し、社会的責任を果たしていく」とあり、SDGs推進本部まで設けています。本社、出版、テレビ、広告、格付け情報センターなど、グループ総がかりです。

新型コロナ危機はオンラインの会議、シンポジウムを低コストで開催する流れを生みました。手軽に多数の識者、関係者を集め、何㌻にもわたり、全頁編集を作成できるようになったのです。

こうした流れには重大な問題点がいくつもある。日経が掲げるカーボンニュートラル(ゼロカーボン、脱炭素社会)を達成しようとしたら、将来、高コスト社会と低成長社会が同時に到来する可能性が強い。会議広告を安易に乱発して酔っている場合ではない。その自覚はあるのでしょうか。

さらに企業はSDGsを掲げ、それを目指していないと、金融機関からの融資を受けにくくなっている。そうでないと、株式市場からも見放される。脱炭素化という冠をつければ、その金融商品は売れる時代です。

SDGs特集、SDGs関連企画と銘打てば、企業は広告を出したり、協賛金や会費を出すたりするらしい。何か異常な雰囲気です。

東証の再編(4月スタート)でも、厳しい上場基準を満たさないとプライム上場(旧一部)が認められなくなる。各企業は懸命にSDGsなどを経営計画の中に取り込もうとしています。日経主催のオンライン会議、企画に多数の企業からの参加があるのはそのためでしょう。

金融証券市場は日経の重要な生命線ですから、そうした企業、産業の危機感が日経のビジネスの種になるとみる。実際にビジネスに結びつけている。どこか釈然しないところがあります。

こうした日経のビジネス面での「SDGs教」が報道の編集方針に影響を与えないだろうかという問題もあります。

編集面では「寒波や少雨が脱炭素のあしかせに」(9日)という記事を掲載しています。国連主導のゴールの達成がいかに困難かを示唆する内容で「電源を再生エネに変えていったら、50年までに61兆㌦もの投資が必要」との指摘も紹介しています。記者はSDGsの難しさに気づいていいます。

再生エネに資金が流れ、その分、石油・石炭への融資が減る。再生エネが不調の際、エネルギー供給が不足する。実際に世界各地でエネルギー需給が逼迫し、大規模な停電が起きています。理想を追っているうちに、足元をすくわれかねないことを記者は知っている。

編集面では、こうした問題を個別には拾っています。「では米中が本音ではゼロカーボンに後ろ向きで、熱心なのは欧州諸国。日本はどのような立ち位置を占めるべきか。原子力はどう考えるか」といった全体像になると、問題提起は十分ではない。日経のSDGsビジネスを否定しかねないからです。

最後に、編集と広告の関係に触れておきます。14日の紙面を見ますと、「日経脱炭素委員会第四回円卓会議」の2㌻特集が載っております。上の欄外には「特集」とあり、それは「編集記事である」との意味です。実際に書き出しは「日経新聞社が会議を開いた」になっています。

前日の13日は「日経SDGs企業課題解決シンポジウム(26日に開催)」の特集が掲載され、このページの欄外には「全面広告」とあり、会議の告知広告の体裁をとっています。

一応、編集と広告の区分はつけてはいます。区分はあっても、似たような作りの「特集」「全面広告」が並んでいると、読者にはその区別がつかなくなる。広告費を払う広告主側が自由に述べるというのが広告の特性です。

編集側のチェックを受けない広告特集を、編集側がチェックする一般記事と同じものだろうと、読者は無意識のうちに読んでしまう。こうして広告と一般記事を混同してしまう現象が起きる。またそれを狙う。

このシンポジウム告知広告では、「ESG投資で経済の『ものさし』が変わる」「ESG開示を投資家視点で考える」「東証再編。ESG。どうするプライム基準への対応」などの題目があがっています。

要するに、この手のビジネスを業務対象に据えている日経の宣伝会議みたいなものです。ESGをキャッチフレーズにして、日経は編集とビジネスの一体化を進めているように見えます。

日経はSDGsビジネスに深入りすることで、ジャーナリズムとしての境界線を越えてしまったということもできる。「日本経済新聞」ではなくなり、「日本産業証券界新聞」とよんだほうがいいかもしれません。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。