EUタクソノミーと原子力

有馬 純

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欧州委員会は1月1日、持続可能な経済活動を分類する制度である「EUタクソノミー」に合致する企業活動を示す補完的な委任規則について、原子力や天然ガスを含める方向で検討を開始したと発表した。

EUタクソノミーは、EUが掲げる2050年までの気候中立の達成に実質的に貢献する事業や経済活動の基準を明確化することで、「グリーン」な投資を促進することを目指すものであり、その「色分け」について注目されてきた。

EU各国のエネルギー政策については欧州委員会の権限に属する部分と各国の独自判断に委ねられる部分がある。前者は電力、ガス市場の自由化に関する共通ルールや域内全体としての再エネ、省エネ目標等であり、欧州委員会がEU指令を通じて強い権限を有する。後者は各国のエネルギーミックスである。エネルギー資源の賦存状況が国によって異なるのだから当然である。

タクソノミーにおける原子力や天然ガスの扱いについては、加盟国によって意見が割れてきた。原子力への依存度が高いフランス、フィンランド、チェコなどは脱炭素化のために原子力は欠かせないと主張してきた。

EUタクソノミーにおいて技術専門家グループの原案では原子力は持続可能なオプションではないとの方向性が示されていた。

これに対し2021年10月、フランス、チェコ、ブルガリア、フィンランド、クロアチア、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニアの10か国は共同宣言を発出し、

「地球温暖化との戦いは将来の課題ではなく今解決しなければならず、他方、エネルギー価格の上昇は、第三国からのエネルギー輸入を出来るだけ早急に削減する重要性を示している。欧州で無炭素電力の約半分を賄う原子力は解決策の一翼を担わねばならない。原子力は価格が手頃なだけでなく、安定供給が可能な各国自前のエネルギー源であり、欧州の14か国で稼働する126基の原子炉は、過去60年以上にわたって信頼性と安全性の高さを実証してきた。原子力は環境影響面でその他の低炭素発電技術に劣るという科学的根拠がないため、これらと同等に扱われるべきであり、2021年末までにEUタクソノミーに含める必要がある」

と強調した。今回の欧州委員会の方針発表はこれに沿った形である。

これ対し、反原発、脱原発をかかげる国々は強く反発している。欧州委員会の発表を受け、22年末に脱原発を目指すドイツのハベック経済・気候大臣は「金融市場が受け入れるかどうか疑わしい」と述べている。ドイツでは社民党、緑の党、自由民主党の連立政権が成立したばかりであり、緑の党は反原発を結党の理念としているだけに、「原発をグリーンエネルギーとするなど受け入れられない」ということであろう。

同じくスペインは「EUのエネルギー移行で誤った信号を発信する」と指摘し、オーストリアも「環境に有害だ」として欧州委に法的措置を取る構えをみせている。

このように加盟国の意見は大きく分かれているが、欧州委員会は今回、原子力や天然ガス関連の活動を含めたタクソノミー委任規則のテキスト案について1月中に正式に採択する予定であり、その後、同委任規則は欧州議会とEU理事会(閣僚理事会)によって審査され、適用開始されることになる。原子力や天然ガスの扱いについて意見は分かれているが、両者を対象から除外するには加盟国の過半数の支持を得る必要がある。

欧州委員会が今回、このような方針を掲げた背景には欧州を席巻するエネルギー危機が大きい。

欧州諸国は風力を中心に再生可能エネルギーを遮二無二推進する一方、ベースロード電源である石炭火力については炭素排出量が多いとの理由で次々に閉鎖してきた。その結果、再エネの出力変動の調整の役割をもっぱら天然ガスが担うこととなった。

コロナ禍からの経済回復に伴い、電力需要も拡大する中で、折悪しく、昨年は風況が非常に悪く、風力発電の出力が大幅に低下した。天然ガス需要が例年以上に拡大したが、世界的にも天然ガス需要が拡大する中で欧州のガス価格は6倍にまではねあがり、電力価格の急騰をももたらした。

より根本的な原因は化石燃料の需給ギャップの存在であるが、価格が上昇しても新規投資は停滞している。その背景には欧州発の環境原理主義に立脚する化石燃料叩きの傾向があり、COP26において化石燃料セクターへの公的投資の差し止めを求める共同声明に米国、EU諸国が名前を連ねたのはその表れである。

しかし長期化するエネルギー危機の下で、再エネ一本足打法の限界は明らかである。欧州委員会が天然ガス、原子力をクリーンエネルギーに加えたのはこうした行き過ぎた政策の軌道修正とみるべきだろう。

石炭依存の高いポーランドは脱石炭を図るためには原発、天然ガス、風力を全て動員するとしている。脱炭素化やエネルギーセキュリティの達成に向けて各国がどのようなオプションを採用するかは、各国の選択に委ねるというのがパリ協定の考え方であり、EUのこれまでの方針でもあった。

そもそもタクソノミーに原子力、天然ガスが含まれたとしても、ドイツ、スペイン等がこれらのオプションを使わない自由は完全に確保されている。それでも足りず、他国の選択にまで容喙しようというのは明らかに勇み足であろう。

タクソノミーの議論を通じて欧州反原発国が敗れることで「脱原発は世界の趨勢」と叫んでいる日本の一部メディアの誤りが明らかになることを期待したいものである。