独大統領「犠牲者は追悼される権利」

国連総会は2005年、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容者が解放された1月27日を「ホロコースト(大量虐殺)犠牲者を想起する国際デー」(International Holocaust Remembrance Day)と指定する決議を採択した。それに基づき、各国で毎年、追悼集会やさまざまな会議が開かれてきた。ベルリンの連邦議会では27日、追悼集会がもたれた。

「ホロコースト記念館」の犠牲者の名前と写真を連ねた部屋(ウィキぺディアから)

ドイツのフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー大統領は26日、強制収容所の跡地にあるザクセンハウゼン強制収容所を訪ね、「ステーションZ」処刑現場の記念碑に花輪を捧げた。ザクセンハウゼン強制収容所では1936年から1945年の間、約20万人のユダヤ人が投獄され、命を落とした。

シュタインマイヤー大統領は、「人は忘れる権利はない。それに対し犠牲者は追悼される権利を持っている。責任は、憶えることで終わるのではなく、あらゆる形態の反ユダヤ主義と人種差別に反対することを意味する」と強調している。

NGOユダヤ機関と世界シオニスト組織が24日発表した年次報告書によると、2021年は世界で反ユダヤ主義的な行為件数は過去10年間で最も多く、1日平均10件以上が発生した。そのほぼ半分がヨーロッパで、約30%が米国で発生している。多くの場合、破壊行為、落書き、または墓石の冒涜に関するものだ。

国際ホロコースト記念日の3日前に発表された報告書は、「物理的および言葉による攻撃は、記録された事件の3分の1未満を占める一方、ソーシャルネットワークでは反ユダヤ主義の陰謀説が著しく増加した」と記述している。

報告書によれば、「過去1年間の反ユダヤ主義的行為の増加はパンデミックに起因する。コロナ規制に反対する抗議集会では、参加者はナチス政権下のユダヤ人への迫害を彷彿させるプラカードなどを掲げて叫んだ。明らかにホロコーストを陳腐化するものだ」と批判している。

報告書の著者は、「反ユダヤ主義行為の増加は、イスラエルと過激なイスラム教徒グループのハマスとの間の紛争にも関連している」と説明する一方、「いくつかの国では、反ユダヤ主義と戦うための新しい法律が可決された」と評価している。

ホロコーストを考える時、これまでは「ヒトラー政権がなぜ、ユダヤ人排斥主義を取ったのか」、「どうしてドイツ国民はナチス政権を支持したか」等に関心が集まる。換言すれば「犯罪人の分析」だ。その一方、ホロコースト後、生き残ったユダヤ人の中には、「どうして神はわれわれを見捨てたもうたのか」と「神の沈黙」について苦悩する信者たちが少なくなかった、といわれる。「犠牲者の分析」だ。著名なユダヤ人学者リチャード・ルーベンシュタイン氏は、「アウシュヴィッツで神は死んだ」と著書の中で述べている。

「なぜ多くのユダヤ人が犠牲とならざるを得なかったか」――。その問いに対し、ユダヤ人は必死に答えを探してきたはずだ。全てを1人の狂人ヒトラーの蛮行で済ませるにはあまりにも重い内容があるからだ。ユダヤ人が「ホロコースト」の悲劇を繰り返し叫び続けることに不快を感じる知識人もいる。彼らは「ユダヤ人のホロコースト産業」と揶揄する。しかし、「なぜわれわれは犠牲となったか」、「神はその時、どこにいたのか」等に満足いく答えが見つかるまでは、ユダヤ人は絶対、ホロコーストを忘れないだろう。精神分析学の創始者ジークムント・フロイトも生涯、「なぜユダヤ人は迫害されるのか」を考え続けたユダヤ人知識人の1人だった。フロイトは出エジプトの主人公モーセに強い関心を注ぎ、研究したという。

当方は2度、世界のナチ・ハンターと呼ばれていたサイモン・ヴィーゼンタール氏と会見したことがある。小柄ながら鋭い眼光で相手を見つめる姿には一種の威圧感があった。当方は当時、聞きたい質問があった。「戦後、半世紀が過ぎるが、何故いまもナチス幹部を追跡するのか」ということだ。それに対し、同氏は笑顔を見せながら、「生きているわれわれが死者に代わってナチスの罪を許すことなどはできない。それは死者を冒涜することになるからだ」と答えた。シュタインマイヤー大統領の「犠牲者は追悼される権利がある」という発言内容にも通じるものだ(「ユダヤ人問題と『ヴィーゼンタール』」2021年7月24日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。