私が20年前に経験した話です。その頃開発していたコンドミニアム(分譲マンション)の上層階を「建築条件付きシェル売り」という珍しい販売方法を取りました。あなたの買うマンションの部屋の間取りをあなたの好きにデザインしてもらって結構です、ただし、工事は弊社で行います、というものです。
結論から言うと私はこの売り方は二度とやらないと思います。理由は消費者はデザインを一定時間の中で決めきれず、変心の繰り返しで建物全体の建築工程との擦り合わせに非常に苦労したからです。ある部屋では設計が遅れに遅れたため、そこだけ完成許可が出ず、別枠扱いにする苦肉の策を講じたこともあります。
人々は「好きに選んでもらってよい」という言葉に最大の可能性と満足感を得られるのですが、実際にそれを作業するのは至難の業でインテリアデザイナーも現実と顧客の希望の乖離をどう埋めていくのか苦労するのが関の山です。アメリカで戸建て住宅の建築はスペック住宅にするケースが多いと思います。理由は顧客が2階建て300㎡の住宅のデザインはまず描けないのである程度パタン化したデザインシートを選んでもらい、そこから変更を加えるという方法をとるのです。
バンクーバーに約200種類のアイスクリームを売る店があります。中には珍妙な味、しょうが味、ワサビ、カレー、ラベンダー、アロエ…。夏になると顧客で溢れかえるのですが、大体どの人も選択に苦しんでいます。そして案外、マンゴとかチョコレートファッジといったオーソドックスなものを選んでしまうのは珍しいものを選ぶ勇気がなかったというより最後、考えるのが面倒くさくなるのです。
人は決して自由になっても何をしてよいかわからない、だからほかの人がやったり、自分の知っていることを選択します。カナダ東部の州で一番人気あるレストランはマクドナルドだという調査があります。あそこに行けば値段と品質がわかっており、800円払った満足度に於いて期待値とほぼ一致するからです。カナダ東部は保守的で欧州の影響を受けているとされます。それゆえの結果なのでしょう。
日経に「買うたび後悔、選択肢のワナ 豊富な品ぞろえは幸せか」という記事があります。なかなか興味深い記事でした。売る側の心理と買う側の心理のギャップともいえそうです。
日本のスーパーに行くと新製品が常に並んでいます。「へぇ、こんなのが出たんだ、買ってみよう」という消費者行動は多いでしょう。ところがそれをリピートする確率は極めて低いのです。
「浮気は浮気、本命にはならない」。これ不倫の話ではなく、商品選択の話です。なぜか、といえば人々の気持ちの中に本命の商品に対するイメージと期待度が確立された形で記憶されています。ところが変異体である新商品に「試してみる」という気持ちが生まれるのですが、家族から「これ美味しくない」「いつもの方がいい」という意見が出て失敗だったという心理的結論を出してしまうのです。
カップヌードルがいつまでたっても王道のビジネスをしているのはお湯を入れて3分待って食べたあの味が人々の舌に衝撃的な印象として残っているからです。なので、様々なライバル商品が出ますが、カップヌードルという基本形との比較論になってしまうのです。先駆者の有利性でもあります。
アメリカのスーパー、コストコは日本でも普及していますが、あのホールセールスーパーでは選択肢は基本は一つです。店側が数ある商品から厳選して顧客が後悔しないであろう最も満足度が高いものを選んでいます。それは価格のみならず、品質や味など総合力の判断です。つまり、コストコで買い物する限りにおいて顧客は悩まなくてよい、だからいつの間にか大量買いをしているというマーケティングなのです。
最期に「松竹梅の法則」です。言わずと知れた寿司屋の松竹梅は握りずしのランクでもあります。その昔、寿司屋で松竹梅から選ぶ時、「ご注文はお決まりですか?」といわれて「竹をお願いします」と言ったのは梅では安い客だと思われるし、松は高い、となれば竹だよな、という選び方でした。皆さんも同じような経験をされたと思います。これは選択肢は三つが一番選びやすいという意味でもあります。
日本の企業は新製品の販売に精力を傾け、それを良しとしています。自動車は正直、もう選びきれないし、今どんな車種があるのかさっぱりわからないのです。これはマーケティング戦略としては正しくないかもしれません。個人的には量販車のマーケティング上、顧客の理解度が一番高いのはBMWだと思います。系統が極めて分かりやすく番号とアルファベットでどの車種か全部わかります。日系も米系のみならずベンツも亜種が増えています。EVのマーケティングについては日を改めて書かせていただきますが、選択の科学を企業はもう一度、見直した方がよいのではないかと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年1月30日の記事より転載させていただきました。