ロシアの独語放送「RT」禁止に思う

つくづく残念に思う。ドイツのメディア監督当局が2日、ロシアのドイツ語放送「RT」(ロシア・トゥデイ)の放送禁止を発表したのだ。昨年12月からスタートした同放送がロシアのプロパガンダメディアであり、番組やインターネットの記事には多くの巧みなフェイク・ニュースが溢れていることは良く知られている。そのロシアの独語放送がもはや聞かれないことは本当に残念だ。皮肉で言っているのではない。RTを視たり、聞いたりすると、ロシアの本音が少しは分かるからだ。

ロシアのドイツ語放送「RT」YouTubeの画像

RTのインターネットに掲載されている記事を読めば、ロシア当局が今、何を願い、何を拒否しているかが一目瞭然となるから、プーチン大統領が何を考えているか知る上で大きな参考となる。同時に、親ロシア派の政治家や知識人が誰かも分かる。クレムリンの大統領スポークスマンがフィルターをかけて発表する内容よりも、RTのほうが多くの事実が報じられている。その放送が禁止されたのだ。

最近、オーストリアの元外相のカリン・クナイスル女史がウクライナ情勢についてRT放送からインタビューされていた。同元外相はオーストリアのクルツ政権下で外相を務めた才媛で、特にアラブ語が流ちょうだ。極右党の自由党がクルツ政権から離脱したため、女史も外相の地位を失った。外相時代、自分の結婚式にプーチン氏を招待し、同氏と一緒にダンスをしたことで一躍世界的に有名となった。外相を辞めた後、今何をしているのかと思っていたが、RTの番組に登場してウクライナ情勢でロシア側の主張を擁護しているところをみると、「仕事の口」が見つかったのかもしれない。

シュレーダー元独首相やグーゼンバウアー・オーストリア元首相が親ロシア派であり、プーチン氏の欧州への窓口となっていることは良く知られている。RT番組を見ているとそれが分かる。その番組を「正式な番組放送の手続きをしていない」として放送禁止させたドイツのメディア監督当局は余りにも官僚的ではないか。RT番組を見れば、ドイツ連邦憲法擁護庁(BfV)のメンバーが集めるロシア情報にも負けないトップ情報が手に入るのだ。多分、ドイツ情報機関も苦い顔をしているのではないだろうか。

分かりやすい例を挙げる。このコラム欄で「「ロシア・トゥデイ(RT)」愛読者はワクチン接種を避ける?」(2021年1月20日参考)という記事を書いた。RTのサイトを開けて記事を読んだ読者はワクチン接種を控えるかもしれない、といった趣旨のコラムだ。なぜならば、RTには米製薬大手ファイザーと独バイオ医薬品企業ビオンテックが共同開発したワクチン(BNT162b2)を摂取した後、「副作用が出た」、時には「死んだ」人が出たといったネガティブな記事が溢れているからだ。「米独製ワクチンを接種して顔面麻痺になった」といった怖いニュースを聞けば、神経の太いRT愛読者でもワクチン接種を考え直すだろう。ロシアや中国のワクチン製造国は自国産ワクチンを拡大するために国営メディアを通じて欧米製ワクチンのネガティブ報道を繰返し、ワクチン接種を恣意的に妨害する情報工作を展開していたわけだ。

プーチン大統領は公式の記者会見では、「ファイザーのワクチンは危険だ」と叫ばないが、大統領に代わってRTが巧みに操作しながら、「ファイザー・ワクチンは危険だ。ロシア製のワクチン(スプートニクⅤ)を…」と呟いているわけだ。これは国営放送の典型的な情報操作だ。だから、RTが語ったりした内容を鵜呑みにすることは危険だが、参考にすればいい。フェイク情報でも時には事実が混合していることがあるからだ。

ドイツがRTを禁止させた報復として、ロシア外務省は3日、「今回の決定は政治的な動機に基づく」と批判し、その報復としてドイチェ・ヴェレ(Deutschen Welle)のロシア国内の支局を閉鎖させている。当然、予想された対応だ。一方、RT側は、「セルビアで放送許可を得た」と主張したが、ドイツでは放送免許を保有していない。ベアボック独外相は就任直後からRTの放送問題を上げて、その閉鎖を主張していた。ロシア側の情報によれば、RTは近い将来、ベルリンからウィーンに拠点を移動して放送を再開するという。

参考までに、当方はイランのIRNA通信をよく利用する。イランの政治情勢、特に、核問題の動向を知る上で参考になるからだ。ただ、RTと違い、IRNA通信はイラン当局の公式発表を公表しているだけで、あまり面白みのない記事が多いことは事実だ。換言すれば、IRNA通信は公式発表の内容をそのまま報じている。RTのように情報操作はしない。IRNAはあくまで通信社であり、RTはロシア当局の情報操作機関の一つだからだ(「モスクワ発情報には注意を」2016年12月2日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年2月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。