プーチンのリアル・ポリティーク・ゲーム

1.次元が変わったウクライナ情勢(2022.2.22)

“Back to the future”、歴史が巻き戻ったのかと思うような感覚を覚える。

編集部より:このブログは参議院議員、松川るい氏(自由民主党、大阪選挙区)の公式ブログ 2021年2月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、「松川るいが行く!」をご覧ください。

今日は2月24日、ロシア軍が「全面侵攻」か。書いている最中にも刻々情勢が変わっていきそうだ。21日にプーチン大統領がウクライナ領土にある東部地域に一方的に「ルハンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」の「独立」を承認し、22日に上院で両「共和国」との「条約」に批准、同日発効。24日には、両「共和国」からの要請があったとして、ロシア軍が東部地域に侵攻、さらに、キエフを含む東部以外の地域における軍事目標をミサイル攻撃している模様。ウクライナの非武装化、中立化、クリミア承認も求めている。ほんの2日で独立承認から「条約」締結から全面軍事侵攻ときているのだから(「条約案」はいつ作ったのだ?)、もはやこの手際の良さは、最初の最初から(去年から)計画していたことは明白だ(プランBだったかもしれないが)。どうして見抜けなかったのだろう。それは、プーチン大統領という指導者が並外れた感覚を持つ独裁者だからだ。常人の発想やリスク計算の上を行くのだ。毛沢東も然りだったが、もしかしたら習近平国家主席もそうだったらどうしようか、と心配になっている。

今回のやり方は、2008年のジョージア紛争とそっくりだが、さらにアップグレードされている。南オセチアとアブハジアの独立を承認して、「条約」をむずび、彼らからの要請に応じて軍事駐留する。2014年のクリミア侵攻も「独立」の代わりに「住民投票」を使っただけで基本的に同じやり口だ。経済制裁もたいしたことはなかったし、結局、大したコストを払わずジョージアには傀儡「国家」を成立させ、クリミアは占領したままだ。過去の「成功体験」から得られた知見を踏まえ、プーチン大統領の積年の主張を米国、NATO諸国に得心させ、欧州の安全保障の考え方を根本的に変えるつもりなのだ。ロシアの安全保障のためにはロシア国境に緩衝地帯(中立国)が必要である、なぜなら、ロシア、欧州、米国、中国こそが世界の極であり、勢力圏は分け合わねばならないから、と言いたいのだ。

プーチンのプランは2段構えだと思う。

まず、ベストシナリオは、①ウクライナを軍事的に制圧し、それを背景に、ウクライナに対し、NATO加盟阻止だけでなく、非武装化、中立化を迫るつもりであり、それを米国やNATOに認めさせるということであろう。

そして、②仮にウクライナもNATOもその要求を受け入れなかった場合も、少なくとも東部州と東部州からクリミアに繋がる回廊部分(後述するがクリミアと東部州の接続部分は今回新しく支配領域に入れるつもりではないかと思う)は2つの親ロ「共和国」をロシア支配下に置くことで、一定の緩衝地帯を残るウクライナとの間に置くつもりなのだろう。もしかしたら、2「共和国」を延長することに無理を感じるなら、「クリミア共和国」の承認だってやるかもしれない。いくらウクライナや米国やNATOがロシアのウクライナ侵攻は国際法違反であり絶対に認めないと言っても、軍事力によって東部州からクリミアまでをロシアが軍事的に占拠してしまったら、その状態を変更することは難しいし、ジョージア同様、その状態が固定化されて10年、20年たてば、新しい「現状」を受け入れざるを得なくなるだろうという計算なのではないか。

実をいえば、自分は数日前まで国境を越えての軍事侵攻はしないのではないかと思っていたし、少なからぬ専門家もそう言っていた。それは、ウクライナのNATO加盟阻止が目標なのであれば、既に国境沿いに軍隊集結させて圧力をかけた結果、すでに目的は事実上達成されており(NATOに加盟させた途端にロシアと戦端を開くことになるような国を加盟させるほどNATO諸国は寛大ではないし、ウクライナ自身もその困難さは認識したことだろう)、その他、米国やNATOとの交渉の中で戦略兵器の不配備なども十分交渉可能だと思われる中、わざわざ軍事侵攻をして経済制裁を受けるのはコスパが合わない、賢いプーチンがそんなことはしないだろうとの考えだ。それが段々怪しく思われてきたのは、ロシアによる15日の「撤退」の発表の一方で相反する増派が判明した頃からである。もともと10万の軍だったのが19万になったからには何かを起こすつもりに違いない、東部地域への侵攻はありうるのかもしれないと思った。

しかし、プーチン大統領の挙は予想の上を行くものだった。プーチン大統領が狙っているものは、もっと大きなものだったようだ。欧州の安全保障体制を本格的に書き換えたいと思っているのだろう。本当にNATOの東方不拡大をNATOに約束させたいと思っているのだ。22日の記者会見で、プーチン大統領は、従来の主張であったウクライナのNATO加盟断念では不十分で、中立宣言やウクライナのある程度の武装解除が必要との見解を示した(24日にはウクライナの非武装化と発言)。また、新たな条件としてロシアによるクリミア併合をウクライナが承認することも挙げた。おそらく、軍事拠点を制圧した上で、ゼレンスキー大統領に非武装化や中立化を迫るつもりなのだろう。ゼレンスキー大統領をどうにかして(逮捕・拘束?)、親ロ派大統領に変えたいという希望もあるかもしれない(さすがにそれはこれだけウクライナを反ロにしておいてそうは問屋はおろさないだろうが。)。

ウクライナの東部ドンバス地方のみならず、もしかしたらクリミア半島につながる陸の回廊部分もウクライナから「独立」させ事実上のロシア領とすることもありうるかもしれない。もともとロシアの支配下にあるドンバス地域を独立させるためだけに軍事侵攻するのはコスパが悪いように思うからだ。その際、2「共和国」の延長という理屈が難しければ、「クリミア共和国」を新たに承認する可能性だってなくはないだろう。2008年のジョージア侵攻の時には、南オセチアを超えていくつかの都市を占領し、首都トビリシ近くまで迫ったことがあるが、国際的に非難轟轟で孤立化した。この経験を活かし、今回は、おそらく「要請」を受けた2つの「共和国」に「平和維持」軍を駐留させるという体裁を維持しようとするだろう。したがって、「共和国」とクリミアとその接続部分を超えてウクライナ全土を占領するつもりはないだろうが(拠点攻撃としてはありだし、既にやっている)、一旦戦端が開けばどのように展開するかはわからない。ゼレンスキー大統領に非武装化や中立化を迫るために、キエフを一時占領することはありうる。

2.経済制裁

プーチン大統領は西側からの経済制裁は織り込み済みだろう。2008年のジョージア侵攻の時も2014年のクリミア侵攻の時も大した経済制裁はなく、また、長く続いた経済制裁の結果、ロシア経済は以前は輸出頼みだった製品を自国で製造するようになっており、より自立性を増している。外貨も相当ため込んでいるとの情報もある。したがって、プーチンが予定している軍事行動を経済制裁によって思いとどまらせることは難しいだろう。それでも、これは、他国に対する明々白々たる侵略であり、できるだけ多くの国が一致して経済制裁を行いロシアに対し圧力をかけロシアを孤立化させる必要がある。ロシアと外交交渉での解決をする際に国際社会が一致していることは適切な解決策を生み出す上で極めて重要だからだ。この観点で、中国がどのような役割を果たすのかが重要だ。中国は、ロシアの主張は支持するだろうが、軍事侵攻をそのまま支持できるかは微妙なところだろう。ロシアのために欧州との関係を決定的に悪化させたくもないし、ロシアのロジックを支持すれば、台湾が独立宣言をして米国が承認して米国が台湾に米軍を駐留させて良いのか、という話にもなりかねない。

本来、軍事侵攻に対して有効なのは軍事力だ。ウクライナがもっと強大な軍事力を持っていたらこう易々と侵攻はされなかっただろう。ウクライナ情勢を見ながら、我が国も防衛力を抜本的に強化しなければと改めて思う。

3.前世紀的リアル・ポリティークを生きるロシアと中国

軍事侵攻というロシアのやり方は断固非難されるべきものだが、ロシアの主張自体に理がないわけではない。地図を見れば、ロシアが自国の国境にNATO加盟国がいてほしくないと思うのは不思議ではない。米国だってメキシコが中国の同盟国になるとなれば必死に阻止しようとするのではないだろうか。実際、2008年にジョージアとウクライナがNATO加盟を希望した際に、独仏はロシアを刺激しすぎることを正しく懸念して両国のNATO加盟に反対した。結局、ネオコン時代の米国が積極的で、「NATO加盟の希望に留意する」といったノートでお茶を濁し、その結果、ウクライナはNATOとの協力関係を深めることになった。

2014年のウクライナ侵攻の後に著名なリアリズムの国際政治学者ジョン・ミアシャイマーは、ロシアの安全保障上の懸念は正当なものであり、クリミア危機はクリミアにNATOの海軍基地がおかれることを恐れて侵攻したものであり、NATOの東方拡大を停止しなかった米国やNATO側に責任があると論じている。大国というのは、本質的に自国に近接する場所に潜在的脅威があるかどうかについて敏感なものである。これは、地政学のイロハであるとまで言っている。また、あのジョージ・ケナンも早くも1998年の段階で「NATO拡大はロシアとの紛争を招く。悲劇的な過ちだ」と述べている。国際政治の本質はリアリズムだ。

また、ロシアはセルビアによるコソボ人の虐殺を根拠に欧米は軍事介入してコソボを独立させたではないか。それと今回ロシアがやっていることはどう違うというのか、ダブル・スタンダードはやめてくれという主張を行うだろう。

日本だって朝鮮半島の南側に敵対勢力がいないことを歴史的に安全保障政策としてきたわけだし、だからこそ日清戦争も日露戦争も朝鮮「独立」のために戦い、最後はふらふらする朝鮮王朝が信用できなくて韓国併合を行うに至った。ロシアがやっているのも同様の発想だ。但し、それを軍事的に解決しようとするのは前世紀的やり方であり、到底許されるものではない。

4.時間は巻き戻せない

上記3.でロシアの理屈を書いたが、残念ながら、時間は巻き戻せない。外交というのはアクションとリアクションの連続であり、NATOの行動がロシアを刺激したように、ロシアの行動もウクライナを変えてしまっている。2014年のクリミア侵攻前には、ウクライナ人におけるNATO加盟希望は大して多くなかった。それが、ロシアによるクリミア侵攻後は、圧倒的に多くのウクライナ人がNATO加盟を希望するようになった。ロシアの脅威を感じれば感じるほど反ロになり、ロシアからの安全を求める気持ちが強まれば強まるほどNATO加盟志向が強くなるのは当然のことだ。台湾をいじめればいじめるほど台湾が中国支配を嫌悪するようになるのと同じことだ。

今回のロシアによるウクライナ侵攻により、ウクライナ人民はロシアに対する敵意を強め、ウクライナが民主主義国である以上、いくらロシアがロシアの傀儡政権を樹立し親ロ派の大統領にすげかえようとしても、それは不可能となるだろう。ロシアは、ウクライナのNATO加盟阻止やもしかしたら「中立化」を獲得することはできるかもしれないが、それはウクライナとの安定的な関係を意味しないだろう。残念ながら、東部は別にして、ウクライナにとってロシアは「敵」になったのである。ウクライナはますます反ロとなり、益々西側志向を強めることは必至だ。それは、ロシアにとってより安全な国境を意味するのかどうか。戦術的には正しくても、もしも、国境を安全にするという観点からは戦略的にはマイナスかもしれない。もっとも、プーチン大統領は、それも織り込み済みで、時間がたてばそんなこともいつか忘れられるのだというかもしれないが。

5.今後

しばらくロシアと欧米諸国、日本他は制裁の応酬の緊張のフェーズが続くと思うし、そうしなければならないが、、米国もNATOも軍事介入する意思がない以上、結論は、ロシアの懸念に一定程度手当をする外交的解決を模索するか、ロシア占領地をあきらめるしかないと思う。ロシアの駐留・攻撃が限定的で被害が少ないまま固定化した場合、その状態が長く続けば続くほど、欧州諸国の中でも温度差が出てくる可能性があるほか、当のウクライナがどのような判断をするかという要素もある。日本としては、邦人保護はもちろん、軍事侵攻により主権と領土の一体性の変更という国際秩序の一方的変更は許容できるものではないという一貫した立場で欧米諸国と協調した対応(制裁)を行っていくしかない。

ところで、このブログを書くためにいろいろな文献を見ていたら気づいたのだが、2022年2月22日という鍵となる日はやたら「2」が並んでいるが、これは、奇しくもヤヌコビッチ大統領がロシアに亡命した日であり、その後クリミア侵攻をプーチンが指示した。もしかしたら、2月22日は、プーチン大統領にとってリベンジの記念日みたいな気持ちもあったのだろうか。

まだまだ書きたいことがあるが、一気に書いたら力尽きてしまったので今日はここまでにしておきます。繰り返しの部分があったらすみません。また、日々情勢が変わるんだろうなあ。ウクライナ危機をどうハンドリングしていくかは国際社会に極めて大きなインパクトを及ぼすものですから、これから定期的に書いていきたいと思います。

(注)2月21日にウクライナ情勢は一段別のレベルに入った。領令に署名し、ミンスク合意を事実上破棄した。さらに、両「人民共和国」との間で締結する友好協力相互支援条約にも署名したが、この条約の中には、ロシアに対して軍隊駐留を可能にする条項も含まれている。22日には、プーチン大統領は、東部の親ロ派支配地域でのロシア軍の活動許可をロシア上院に要請し、即日承認。これでウクライナでの本格的な軍事行動着手に向けた国内手続きが完了した。


編集部より:このブログは参議院議員、松川るい氏(自由民主党、大阪選挙区)の公式ブログ 2021年2月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、「松川るいが行く!」をご覧ください。