ロシアは帝国、プーチンは皇帝

小幡 績

なぜ、ロシアがウクライナに侵攻したか。

それは、ロシアが帝国だからだ。

帝国とは、本能的に膨張する。

帝国にとっては、支配を拡大することが、唯一究極の目的なのだ。そして、帝国の支配者である皇帝は、それを実行する役割を担うだけなのである。

そんなことをすれば、現在の世界では、国際世論から受け入れられないか、まったく合理的でないと思うかもしれないし、巷の有識者たちもそういっている。

彼らは、何もわかっていない。

帝国には、国際世論など関係ないのだ。

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さらに、帝国には、味方など必要ない。正確に言えば、味方など存在しえない。帝国には、敵国と属国があるだけで、同盟国は存在することはあるが、それは、帝国の支配を拡大するための手段に過ぎず、味方ではなく、ましてや仲間などではない。

だから、誰に嫌われようが、非難されようが、まったく関知するところではない。

いや、それでも、経済制裁は効くだろう。国際的な包囲網を築かれ、経済的に締め付けられたら、ロシア経済は持たない。困ってしまうだろうから、経済制裁を受けないように、外交的に上手く立ち回るのが、合理的なのではないか。その観点からすると、今回の侵攻は全く愚かで、プーチンは頭が悪いか、狂ったか、どちらかではないのか、と思うかもしれない。

違う。プーチンは、プーチンの論理としては、合理的に行動している。

それは、彼が皇帝だからだ。彼は、ロシアの最後の皇帝であり、皇帝としての論理としては、筋が通っているのだ。

帝国、および皇帝にとっては、経済は、支配を拡大する、ただの手段だ。経済的な損得は、帝国の拡大につながるかどうか、という観点においてのみ重要なのだ。

そして、今回は、すでに最後の侵攻を開始してしまった以上、ウクライナを支配するまで戦闘を続けないと意味がない。経済的な困難は中期的にやってくるが、1か月の戦いに響かない。これまでの1年、天然ガスの高騰により、ある程度はカネも軍備も蓄えてきた。支配してから、その先のことは考えるのであり、経済は、その後、回復すればよい。今は、勝負の分かれ目、軍事がすべてであり、経済は関係ない。

そもそも、歴史的にも、人類の歴史において、帝国はすべて膨張主義だ。

近代に存在した、19世紀末から20世紀初頭の帝国主義というものは、まさに支配膨張主義であり、領土と植民地の拡大を目指していた。経済はその手段に過ぎなかった。その中で資本主義が発達したのは、資本は動員する手段として協力であり、支配を拡大するための弾薬と同様の役割、いや弾薬よりも汎用性の広い、もっとも効果的な武器、動員力であった。

西洋近代において、ロシアは帝国だった。しかし、帝政ロシアは、欧州の東の田舎の帝国に過ぎず、世界帝国にはなりえなかった。例外的に、世界帝国を自負することができたのは、現代、米ソ冷戦構造の40年余りだけだった。そして、ソ連帝国は崩壊し、自由主義、民主主義に向かいかけたが、国内は混乱した。

そこへ、帝国復活を賭けて2000年に登場したのが、プーチンであり、最後の皇帝だったのだ。

プーチンの目的は帝国復活である。そして、一度崩壊した帝国を復活するのであるから、その復活後の持続性は二の次で、なんとしても、まず帝国を復活させることを目指す。だから、帝国を確立するチャンスがあれば、すべてを賭ける。持続性はそのあとだ。

そして、今は、最後のチャンスだったのだ。

米国は、アフガニスタンに懲りて、海外派兵をしないと宣言した。欧州は、自分たちの領域に攻め込まれなければ、攻め返してこない。絶対に攻められることがない、今は、最大の攻めるチャンスだったのだ。

経済的にも、脱炭素に浮かれる欧米諸国のおかげで、その移行期間には、天然ガスの価値が異常に高まり、価格も大幅上昇した。それでいて、欧州は天然ガス、しかも、帝国ロシアのガスに依存したままである。

これ以上のチャンスはなかった。

一方ロシアは衰退を続け、経済的には、世界的な重みは韓国以下になってしまった。唯一の力は、軍隊であり、核兵器である。自国の唯一の強みを使うのは、軍事侵攻しかない。さらに、帝国であり、持続性や国際世論を考慮する必要がない、という欧米諸国には存在しない強み、制約条件がない、という独裁帝国における戦略の自由度を最大限に生かして、長年のターゲットである、ウクライナを支配下に置く最後のチャンスに賭けたのだ。

我々の論理とは異なるが、帝国、皇帝の理論としては、きわめて合理的である。

したがって、キエフを落とすまでは、何があっても侵攻を止めないだろう。

そして、米国がロシア自身を攻撃してくれば、その戦いでは長期戦では勝ち目がないから、直ちに核を使用するだろう。脅しであるが、裏付けのある脅しであり、したがって、米国は絶対に攻撃はできない。

しかし、もちろん、長期的には、ロシアの衰退、破滅はこれで確定したであろう。ただし、それは我々の価値観による破滅であるから、帝国は膨張を止めれば終了するのであるから、帝国と皇帝は、それと関係なく、この勝負を遂行するだろう。

この侵攻により、21世紀後半以降、帝国ロシアは存在しえないことになり、長期的には、ロシアリスクはこれで低下していくということになる。しかし、短期的には、ウクライナの惨状は継続する。現在の惨状を止めるためには、米露対戦をするか、ウクライナが屈服するしかないので、ウクライナにとっては、意地でも戦い続けることになるだろう。

誰も得をしないが、誰もがそれぞれにとっての合理性に基づき行動している。

だから、解決策はないのだ。