「忙しいと心を無くす」は逆が正しい

黒坂岳央(くろさか たけを)です。

最近、SNSなどでよく見られる主張に「忙しいのは良くない」「できるビジネスマンほど、自分をヒマにして構想を練るもの」といった話がある。

この主張に対しては、部分的に同意を示したい。確かに付加価値の低い作業ややりたくない仕事に忙殺されてしまうと、クリエイティブな発想が生まれない。また、そもそも物理的な時間がなければ、ビジネスチャンスもキャッチできなくなる。まさしく心を亡くす状態になる。

だが、「とにかく忙しいのは悪」「ヒマこそ大正義」という極端な発想もまた良くないと思っている。最重要なのは「忙しさの質」だと考えており、逆にまったくのヒマな方が心を亡くすという場面すらあると感じる。

独断と偏見で語っていきたい。

franckreporter/iStock

忙しすぎるのも、ヒマすぎるのも辛い

ブラック企業に務める人にとって、「忙しくない時間」は何よりかけがえのない価値を感じるはずだ。筆者もその立場に身をおいた事があるからよく分かる。

週休一日、平日は真夜中まで働き続ける生活を送ると、待ち望んだ休日前日の夜は動悸が激しくなる。「貴重すぎる明日の一日を、絶対にムダに過ごしてはならない」という強いプレッシャーからそう感じていた。「よりよい人生を生きる」とか「資産運用を始めよう」などの大局的な人生戦略は考えられない。とにかく休日一日にすべてをかける!という目線になり、毎日見ている風景はすべて白黒になる。心を亡くした状態だ。

だが、翻って「とにかくヒマなら良いのか?」と問われるとそれも違う。極端な例だが、人に究極の反省を促すには、相手の自由を奪ってヒマにする懲役刑である。懲役刑を受けて、牢屋で過ごした人の手記をいくつか読むと「作業がない休日の方があれこれ考えてしまい、精神的に辛さを感じた」という記述が見られる。適度に忙しい方が目の前のことに集中でき、時間を持て余すと人生の不安や絶望が生まれてくるという話だ。

これは自由のないヒマ人の辛さを示す話だが、たとえ自由なヒマ人でもそれが続けば辛さを感じてしまう人はいる。筆者は過去、数ヶ月まったく働くのをやめる試験的なFIREを試してみたことがあった。毎日、やらなければいけないことがない生活は気楽だが、すぐにヒマさが苦痛に代わり、たまらず働きはじめた。

今後、AIが多くの単純労働を奪い取ると予想されているが、そうなると労働から開放された時に精神を病む人が出てくるのではないかと考えている。「趣味をやればいい」と言っても、受動的な活動は限界効用逓減でいつかは飽きる。「自主的に忙しくする」というのは技術を要し、意外なほど難しい。この点については今後、世の中はどうなるだろうか?

忙しさの「質」が重要

思うに、忙しさには「質」が極めて重要である。

1つ目は作業内容である。取り組む中で改善できる余地が残され、努力した結果が資産化するような作業で忙しいことは、とても楽しい。

たとえば自分でビジネスを立ち上げ、改善を繰り返す過程がこれにあたる。頑張ることで、ドンドンスキルがついて自分が進化していくし、努力の結果からリターンを得続ける。これで忙しくなるのは、むしろウェルカムという人もいるだろう。経済的に働く必要がないのに、一生懸命働いているビジネスマンは大抵これだ。面白いマンガを夢中で読むことと境界線はないに等しい。

もう1つは自身の意思で管理できるタスクをやっていることである。筆者は会社員時代、仕事があまりできない上司から頼まれた仕事をこなすのはいつも気が進まなかった。たとえば「もしかしたら会議で使うかもしれないから」という予備的な資料作成などがこれにあたる。そもそもが必要性のない資料作成であり、またそうした資料はほとんどの場合、使われずに終わる。決して日の目を見ない資料作成を喜んで作れる人は、世の中に多くはないだろう。だが、立場上NOとは言えず、このタスクからは心ときめくような面白さは宿らなかった。

だが、同じ会社員の立場でも、自分の意思で進めていける仕事はやりがいがあった。チーム対抗プレゼン大会の時は自分が率先して頑張り、発表の前日は部屋で一人夜中の3時までプレゼンの練習をした。一部始終を見ていた上司からは、「君があまりに頑張っているから」と、本来は複数人で発表するところを自分ひとりに発表を任せてもらえた。この時は睡眠時間を削って勤しんだが、忘れられないとても楽しい忙しさだった。

結論として「自分がやりたいこと、学びたいことで一日のスケジュールを埋め尽くして勝手に忙しくなっている」という状態はとても楽しいし、心を亡くすどころか心ときめく毎日になる。

ありがたいことに今はその状態に近く、目覚ましがなくても毎日4時、5時に勝手に目が覚める。寝る前はいつも翌朝やることをあれこれ脳内計画中していると自然に寝落ちしている状態だ。「忙しいのは心を亡くす」と言われるが、重要なのは「忙しさの質」なのである。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。