ウクライナ問題による自動車産業への影響は?

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「どうなりますかね? 次の記事のテーマで書きませんか?」 と気軽に振られるのだけれど、そんなこと後で残るテキストに簡単に書けるわけない。条件分岐が多すぎてどうなるかわからない。

今回の件に関して言えば、ロシアの動き方は全部想定外。第二次大戦後の世界のあり方を規定した前提条件を、華麗にぶっ壊してしまったので、世界の建て付けを全部をやり直すしかない。それがどういう形になるか分からない以上、細かい部分がどうなるか分かるはずがない。

国連安保理の理事国が自ら国境を越えて軍事侵攻するなんてことは、国連の枠組みで想定されていなかったから、調停する方法が無いし、そんなバカなことが起こるとは想定されていなかったからこそ拒否権まで与えられているわけだ。

世界のルールを乱すならずもの国家が現れた時に、それを罰する方法は、常任理事国がスクラムを組んで制裁をすることであり、だからそこに主権国家を罰する可能性が存在した。取り締まる側の国がそんな暴挙に及ぶなんて想定外も良いところだ。

もうひとつ無視出来ない問題は、プーチンが核の先制使用まで言及してしまったことだ。核保有国を5カ国に限り(まあズルズルと網をかいくぐって保有する国は増えたけれど)、核不拡散条約を提案することができたのは、保有国は絶対に非保有国に対して核を用いないと宣言し、だからこそ他国に核保有を禁じることができた。

核は最終抑止力であり、使ったら報復を受ける。それが相互確証破壊の枠組みであり、安全弁だとされてきた。つまりは、誰も彼もが核を保有すると、「なんとかに刃物」になるから、危なくて仕方がない。「常識を持ち、かつ世界の平和を考えられる選ばれた5カ国」だけが保有することで、安全を確保するという理屈だった。

よもや、その選ばれたまともなはずの国のボスが、他国に侵攻したり、他の常任理事国を核の先制使用で恫喝するなどというヤクザなことはしないはずであった。「国連常任理事国だけは信用出来る」ことを前提に、世界平和の基礎が構築されていた。その前提が狂うということはもう、第二次大戦後の世界の建て付けが全部崩壊したことに他ならない。

だから、この一連の問題が終わった後には、世界の建て付けをやり直さなくてはならない。けれども普通に言って、それは結局「新たな信用できるメンバーを選ぶ」以外の方法は多分ない。

そのためにはロシアは常任理事国から降ろさないと始まらないだろうが、それは誰が何の権限でできるのか? 当のロシアがその条件を飲むのか? そして資質としてロシアと同じことをしかねない中国をどうするのか? みたいなところの着地点は、現時点で多分誰も見通すことが出来ない世界の政治的大転換点である。

こういう世界の建て付けのやり直しがおそらく全ての最上位にあり、そこが決まらないと何もかもが決まらない。だからわからないとしか言えない。

もう一段、レベルを下げて、上位概念の紛糾を全部見なかったことにして、グローバルエコノミーの段階だけに留めれば、そこは割と分かりやすい。ただし、これまで書いて来た通り、国際政治の変数の影響の方が遙かに大きいので、下層構造だけに注目することにどれだけ意味があるかは何とも言えない。あくまでもそれを断った上での予想である。

世界の自動車メーカーが、今後もロシアで自動車の生産と販売を続けるかと問われれば、続けないだろうと答えるしかない。

何より、経済制裁で部品も原材料も入荷しないので、作ろうにも作れないし、貨幣価値と物価が安定しないので、作れたとしても、原価管理ができない。さらにSWIFTコルレス契約でも制裁を受けてしまったので、国際的な銀行間取引が完全に止まってしまった。

外資系企業がロシアでビジネスをしても、利益を国外に持ち出せないばかりか、海外への支払いもできない。販売に関してのみは、現金での受け取りはできるかも知れないが、そのルーブルをどこかで使おうとしても誰も受け取ってはくれない。紙くずになってしまったルーブルは、もはや通貨としての価値を失ってしまった。自動車メーカーは事業を継続したいかどうかという意志の問題ではなく、もはやよりやりようが無いのだ。

という状況を無視して、プーチンは「撤退するなら、企業の資産を没収して国有化する」という宣言までしてしまった。こうなると、仮に停戦後の新たな枠組みが作られたとしても、同様のことが再発するリスクを排除できず、以後誰も投資判断ができない。唯一の可能性は、世界が新たな建て付けに成功し、新たな国体が「世界に対してロシアを信用させる」に足るものになることだけだが、それはそれで相当に長い時間が必要だ。

資本主義経済の根幹である、財産権の侵害を軽々と口にしてしまった事に対する信用失墜は極めて重篤である。ということで、現状で、ロシアでの自動車ビジネスが何事も無かったように再開すると見通すにはあまりにも障害が多く、茨の道だと筆者は思っている。


編集部より:この記事は自動車経済評論家の池田直渡氏のnote 2022年3月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は池田直渡氏のnoteをご覧ください。