メキシコ大統領がスペインとの外交関係の一時停止を発言した背景

メキシコ大統領がスペインとの外交関係の一時停止することを発言した。

ラテンアメリカの左派系の大統領はスペインを批判する傾向にある

ラテンアメリカで左派系の大統領が登場すると必ずといってよいほどスペインを征服者だと見て、その代表である国王を批判することが良くある。

ペルーのカスティージョ大統領の就任式では植民地時代のスペインと国王を就任演説の中で批判。また今月12日、チリの大統領に就任したボリッチ氏が就任式をスペイン国王の到着遅れで15分余り遅らさねばならなかったことを批判。しかし、この遅れはチリ側の儀礼担当者の不手際でそのような事態になったことが判明している。

 

そして先月はメキシコのアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領(以後、アムロ)がスペインとの外交関係を一時停止したいと述べてまた物議を醸した。アムロは以前にも同じようにスペインを非難したことがある。

それを2月9日の国立宮殿での早朝の記者会見の席で述べたのである。アムロがこのような発言をする根底にあるのは、およそ500年前のスペイン人エルナン・コルテス氏がアステカ帝国を滅ぼし、そこを支配し富を搾取し先住民を奴隷のごとく使役させられたという前例があるとして、アムロがスペイン政府に対してこれまで謝罪を要求。スペイン側でそれを聞き入られなかったからである。

現在ではスペイン企業が征服者だと?

アムロは500年前のスペイン人征服者が犯したことをルーペに照らして当時の状況とは全く異なる現在の尺度でもって当時の征服者が犯した犯罪に謝罪を要求しているのである。しかもそれを現在のスペイン企業に置き換えてスペイン企業がメキシコの富を搾取していると示唆しているのである。

しかもこの謝罪要求はスペインの現国王フェリペ6世並びにフランシスコ法王にもそれぞれ書簡にて伝えられた。フランシスコ法王も加えたのはスペイン人征服者にカトリック教の宣教師が同行していたという理由に基づくものである。

アムロは征服者による支配と搾取だけを指摘しているが、その一方でコルテス氏に同行していたカトリック教の宣教師は布教も兼ねて高等教育の学校をティテロルコに設立した。また宣教師アロンソ・デ・ラ・ベラクルスはメキシコで最初の大学を創設している。それは米国のハーバード大学よりも200年も前のことである。それについてはアムロは気がつかないようだ。

現在の首都メキシコシティーはアステカ帝国の原型にしたものでイエズス会の宣教師はその地に数々の学校を創設している。

これらの事実をアムロが十分に知っておれば今回のような外交関係の停止といったような発言は出て来ないはず。

批判の根底には大統領の外交音痴が理由としてある

アムロが500年前のコルテス氏の征服を持ち出す背景には2つの根拠がある。一つは彼の夫人ベアトゥリス・グティエレスが「メキシコの歴史の記憶と文化委員会」の名誉委員を務めているということ。そして、彼女は作家という身分でもあって「ヌエバ・エスパニャ征服の真の歴史における作られたメモリー」という本を著作している。それがアムロのスペインとの歴史的関係において基本のひとつになっているということ。

またもう一つは、アムロは歴代のメキシコ大統領の中で唯一外遊嫌いだということ。2017年12月に大統領に就任してから外国を訪問したのは僅か3回だけである。1回目は2020年7月8日にワシントンを訪問して当時のトランプ大統領と会談している。2回目と3回目は2021年11月に国連を訪問し3回目はバイデン大統領、トレドーカナダ首相との北米3か国首脳会議に出席したこと。

しかも、外遊には民間航空を利用し、大統領専用機は販売に出しているが、今もまだ売り先が見つかっていない。国民の多くが貧困層にあるのに大統領は贅沢して専用機など必要ないというのが売却を決めた理由だとしている。しかし、これだけ少ない外遊では敢えて専用機は必要ないということでもある。国内移動は民間航空で行っている。その分、一般乗客から同じ飛行機に乗る大統領だとして彼のファンも誕生している。

また外国から首長の訪問を受けたのも僅でエルサルバドル、グアテマラ、アルゼンチン、ボリビア・スペインの5ヶ国だけである。外遊が必要な時は外相であり次期後継者と見做されているマルセリーノ・エブラルドが大統領の代理として外遊している。(2月10日付「パナム・ポスト」から引用)

アムロ夫人からの影響と外遊がないということから外交の真の重要性に疎いということが事実としてある。彼の記者会見での発言にある将来の関係を改善するための「外交の一時停止」などというのは外交において存在しない。アムロは外交について無知であるということだ。しかも、このような国家元首の発言が国家の発展に繋がらないことが理解できないようである。このような発言が理由でスペインの企業からメキシコへの投資を控える企業が出て来るかもしれない。

この発言を記者会見の席で述べた1週間ほど前にエブラルド外相はスペインのアルバレス外相とグアテマラの新大統領の就任式に出席して双方が会見している。その際にはこのような話は一切なかったという。エブラルド外相にとってもアムロの発言は自らの足元をすくわれたようなものであった。

その一方で、スペイン政府は今回のアムロの発言に対し早速攻勢に出た。それにはメキシコの政党国民行動党が協力した。同党のマクロ・コルテス党首はツイートで次のようなことを明らかにした。現在スペインからメキシコに6500社が進出しており、メキシコで30万人の雇用を生み、間接的には100万人の雇用に繋がっている、とした。この指摘内容はスペインの貿易投資庁が裏付けした。更に、同庁はメキシコはスペインにとって3番目に規模の大きな投資相手国であるということ。(2月10日付「パナム・ポスト」から引用)

2月10日付「コレオウエブ」によると、メキシコには現在17万5000人のスペイン人が在住し、スペインには3万人のメキシコ人が在住している。現在のスペインからメキシコへの投資額は700億ユーロ、メキシコからスペインへの投資は250億ユーロとなっている。

またアルバレス外相はアムロの発言の翌日エブラルド外相と電話会談をもった。エブラルド外相はスペインとの外交断絶を求めているのではないとアルバレス外相に伝えたという。前日のアムロの発言が外交上の問題に発展しているというのをアムロは意識したのか、10日の早朝の記者会見では外交の停止を指摘したのではないと訂正し、スペインの関係当局と企業が内省するための時間を一時的に設けることだと述べたのである。

これまで80年余り右派2政党から大統領が選出されていたが、今までスペイン政府とはスペインの内戦時以来摩擦は一度も ない。今回80年振りに左派からアムロが大統領になって500年前の出来ごとを持ち出してそれを現代に移してスペインの企業がメキシコの富を搾取しているという批判したのである。