ドストエフスキーも嘆くロシアの現状

ドイツ民間放送でウクライナ情勢を視ていた時だ。場面はモスクワに代わり、若い女性が苦悩の涙を流している。ウクライナ戦争での犠牲者のために泣いているのではない。「彼女は自分が作り上げてきたインスタグラムがプーチンによって閉鎖されたことで泣いているのだ」と説明が入っていた。またスターバックスやコカ・コーラ、マクドナルドがロシアで閉鎖となれば、日ごろ親しんできた多くの若者たちは急に何かがなくなった寂しさを感じるだろう。

バイデン米大統領から戦争犯罪人と呼ばれたプーチン大統領(2022年3月16日、地域への社会経済支援へのビデオ会議で、クレムリン公式サイトから)

ウクライナで多くの民間人がロシア軍の無差別攻撃で犠牲となっている時だ。なんと不謹慎なことを、と一瞬思ったが、考えれば仕方がないことかもしれない。ロシア軍が隣国の兄弟国ウクライナを攻撃し、多くの民間人を殺していることなど、ロシア国民は知らされていないからだ。

ロシア国営放送のニュース番組で14日夜、1人の女性編集員マリーナ・オフシャンニコワさんが番組放送中に乱入し、「戦争反対」「プロパガンダは止めろ」と叫んだばかりだ。彼女によると、ロシアの国営メディアはウクライナ戦争を正しく報道せず、全てプロパガンダだという。メディア関係者は「戦争」といった表現をすると、最高15年の禁錮刑が科せられる。だから、国営メディアが報じる内容しか知らない国民はロシア軍が先月24日、隣国の兄弟国ウクライナに武力侵攻したという事実を知らない人も出てくる。知っていたら、「どうして突然、兄弟国のウクライナを侵攻するのか」と疑問を感じ、正義感の強い人ならばプーチン大統領のウクライナ侵攻政策を批判するだろう。

米欧はロシアのウクライナ侵攻を国際条約の違反として過去最強の制裁を科してきた。2014年のロシアのクリミア半島併合の時でも科さなかったSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシア金融機関を排除した。ロシア市場に進出してきた欧米の会社はロシアでの生産を中止し、営業を中止して、拠点を移転していった。欧米企業に勤務していた多くのロシア人が職を失うことを意味する。

プーチン大統領はウクライナでの戦争に勝利したとしても、後ろを振り返れば、ロシアの国民経済は荒野となっていた、という感じだ。欧米がロシアからの天然ガス・原油の輸入を禁止したなら、ロシアは貴重な外貨を失う。ロシア国債のデフォルト(債務不履行)の懸念が一段と強まっているという情報が流れている。

国際社会のロシア制裁を知っている若い世代がロシアから国外に出ていこうとするのは当然だ。ウクライナから250万人の国民が隣国に避難したというが、ロシアからは何十万人ものロシア人、ほとんどが高学歴のロシア人が故郷を後にしたという。彼らの一部は政府の報復を恐れ、一部は西側の制裁に直面した経済的将来への懸念からだという。

ただし、国際航空会社がモスクワ便の運航を停止したため海外に脱出するのもままならない。独週刊誌シュピーゲルによると、「欧州諸国が次々とロシアの飛行機に空域を閉鎖する計画を発表した時、ロシアの中産階級の間でパニックが広がった。その結果、ドバイ、バクー、またはイスタンブールへのチケットの価格はほぼ10倍に跳ね上がった。ロシアの経済学者コンスタンチン・ソニン氏が、これまでに最大20万人のロシア人が国を去った可能性がある」という。

中産階級のロシア人が好む国と言えばジョージアだ。ロシア人がビザなしで1年間滞在できる数少ない国の1つだ。ジョージア政府によると、戦争が始まって以来、2万人から2万5000人のロシア市民がトビリシに到着したという。ただし、ジョージア自体は2008年にロシアの侵略を経験したこともあって、国民の間では反ロシア感情(ルッソフォビア)が強い。トビリシではほぼ毎日、何千人もの人々がウクライナと連帯して街頭デモをしている(この部分、オーストリア通信から)。

世界のどこへ行こうとも、ロシアへの風当たりは強い。ウクライナ侵攻は一層、その風潮を強めているわけだ。海外に出ていったロシア人にも国内に留まった国民にもロシアの将来は決して楽観できない。あれもこれもプーチン大統領のファンタジーが原因かもしれない。ロシア国民はプーチン氏を一刻も早く政治の舞台から引き下ろすべきだ。ロシアを愛し、誇ってきた文豪フョードル・ドストエフスキー(1821~81年)がロシアの現状を見たなら嘆くだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年3月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。