ウクライナのゼレンスキー大統領の国会でオンライン演説は、型どおりに支援への謝礼と継続を抑えたトーンで語った常識的であたりさわりのないものだった。
日本の世論がどのように反応するか、さまざまなアドバイスがあって、とくに米国議会演説での真珠湾言及で生じた反発にも考慮したのであろう。
その一方、歴史がからむ問題については、ソ連邦の主要メンバーとして、ソ連・ロシアの行動や方針を否定することは、国内にもソ連軍兵士やその遺族もいるわけで、できない一方、それを肯定することは、日本の世論の反発を招くことを踏まえて避ける、危機管理がきちんとされていたといえよう。
北方領土について返還を支持するとか前向きの努力をすべきとの言及もなかったし、中国の脅威を臭わせそれに国民の国防意識を高めることで備えるべきことも、口が裂けても臭わすことすらしなかったことを、保守派の議員たちは気がついただろうか。
こんな演説に感動するとか、日本に好意的だと勘違いして、喜んでいる政治家は大馬鹿としか云いようがない。
しいて言えば、国連改革について言及したことは、ロシアが常任理事国であることが解消されることは、ウクライナにとって好都合なことなので、前向きなトーンをにじませた。
ただし、安保理の常任理事国に米英仏と三国も入っていることは、ウクライナにとって都合がいいわけだし、常任理事国入りをめざすのが日本だけでなく、インドというロシア寄りの国もあること、中国の姿勢がひとつの鍵になっていることを考えれば、それを刺激することは避けたと言えよう。
私は北朝鮮へのミサイル技術流出、中国への空母売却などについて謝罪と今後しない確約をして欲しかったが、それらの国が自国の軍需産業のよいクライアントであることを踏まえたら、口が裂けてもそれらの国や、自国の軍需産業関係者の機嫌を損じるようなことは露たりともいわなかったのは当然だ。
総じて、日本と中国の問題については、➀過去に対する反省はいわなかった、②今後についても中国寄りの立場を続けることの支障になる言質を与えないように周到に言葉を選んだといえよう。
日本政府も、もう少し、圧力を掛けておくべきで、あった。
ただ、アジアのリーダーとしての日本に言及したのは、中国への牽制とみることもできなくもない。
チェルノブイリなどへの言及は原子力問題について敏感な日本の世論に配慮したものだろう。ただ、日本の立場に有利なことは何ひとついわなかった。たとえば、原発事故に起因する風評被害などに言及すればおおいに評価したかった。
「すべての民族、国民にとって、社会の多様化を守り」といったが、ウクライナ政府による、ロシア系住民に対する抑圧、差別がこの戦争の大きな原因であることを考えれば空疎に響いた。
「人口が減った地域の復興を考えなければならない」のなら、北方領土にいるウクライナ人のウクライナへの帰還を図りたいくらいいえばよかった。
もともとなんのために慣例をやぶってまで演説させたのか理解に苦しむが、悪い印象はやわらかい口調で避けたが、中身のない退屈な演説で肩透かしだったので、目立ったのは、林芳正外相が大きなあくびをして退屈そうだったことがばっちりテレビの画像に映っていたことと、山東昭子参議院議長の「閣下が先頭に立ち」とウクライナ国民の抵抗を誉め称えた愛国婦人会会長チックな演説だった。
別に個人の見解としてはおかしくはないというか至極もっともだと思うが、戦後政治史でエポックメイキングだった。日本国民は先の戦争では、沖縄以外では地上戦を戦わず、戦後はそれでも勇ましすぎたことを反省して、戦うことを否定した憲法を制定し持ち続けているのだから、憲法遵守義務を負う参議院議長としては、思い切った内容の演説だった。果たして護憲勢力は黙って放置するのか、ちょっと見ものだ。