SMBC日興・副社長逮捕:「検察幹部」は“プーチン”化していないか⁉

3月24日、大手証券会社、SMBC日興証券(以下、「SMBC日興」)の幹部らによる相場操縦事件で、東京地検特捜部は、佐藤俊弘副社長を金融商品取引法違反(違法安定操作)の相場操縦の疑いで逮捕した。また、同日、既に逮捕されていた幹部4人に新たに一人を加えた5人と、法人としてのSMBC日興の6者を起訴した。

これらの事態を受けて、同日夜、同社の近藤雄一郎社長が記者会見を行い、

「証券会社という立場にありながら、金融商品取引法違反で起訴、逮捕という市場の信頼を著しく揺るがす重大な事態を引き起こしたことを重く受け止め、深く反省している」

と述べた。

検察庁 Wikipediaより

しかし、近藤社長は、自らの現時点での引責辞任は否定し、金商法違反で法人としてのSMBC日興が起訴されたことについて、

「内部管理態勢に不備があったことは否定できず、法人としての責任は免れないものと考えている」

と述べたが、逮捕・起訴された幹部についての犯罪の成否については、

「送達される起訴状、開示される証拠を見て判断したい」

と述べるにとどめた。

逮捕された4人は、「通常の業務の範囲内」と述べて違法性を否定していると報じられており、犯罪の容疑をかけられた役職員らが、「無罪主張」をしていることを踏まえて、会社としては、金商法違反事実の違法性についてはコメントしないという姿勢で一貫している。「推定無罪の原則」からすれば、当事者企業の経営者として当然の対応と言えるだろう。

しかし、証券取引等監視委員会(以下、「監視委員会」)と、その強制調査を受けて同社の幹部社員を逮捕した検察当局にとっては、このようなSMBC日興側の態度は、幹部を起訴し、副社長まで逮捕した検察当局の「有罪判断」に対する「挑戦」に思えるだろう。

この事件で強制調査が開始されたのは昨年6月、その後の調査に対して、SMBC日興側は、一貫して違法性を否定し、徹底抗戦をしてきた。

9か月後の今年3月4日、検察は、外国人2人を含む会社幹部4人の逮捕という「強硬手段」に出た。しかし、それでも、会社幹部4人は違法性を認めず、なおも「無罪主張」の構えを崩していないようだ。佐藤副社長も、特捜部の逮捕前の調べに対して「取り引きの報告は受けていたが、違法という認識はなかった」などと説明していたようだ。逮捕後も、「買い支え自体は聞いていたが、手口までは聞いていない」と容疑を否認しているとのことであり、供述内容はほとんど変わらないということだろう。

「軍門」に下ろうとしないSMBC日興という大手証券会社に対して、検察は、4人の会社幹部を起訴するのと同時に、同社副社長を逮捕するという異例の対応に及んだ。

「検察・監視委員会」と「SMBC日興」との全面対決に至っている相場操縦事件について、何が問題となるのか、それに対して検察はどう対応しようとしているのか、事件は今後、どう展開していくのか、報道等に基づいて考えてみることにしたい。

犯意・共謀の問題

この事件は、大株主が大量の株を売る際、市場での値崩れを防ぐために、市場時間外に証券会社が一度買い取った上で投資家らに転売する「ブロックオファー」という取引に関して、株式の買取り・転売が行われる日の取引終了の直前に、SMBC日興が、対象銘柄で大量の買い注文を出していたことが、「不正な買い支え」であり、「違法安定操作取引」(「相場を安定させる目的をもつて、一連の有価証券売買等を行うこと」金商法159条3項)に当たるとされているようだ。

この事件に関して、第1に問題となるのは、ブロックオファーの対象銘柄について、SMBC日興の取引日の「終値」近辺での「大量の買い注文」が、逮捕・起訴された4人の幹部の指示によって行われたものなのか、ブロックオファーの対象銘柄の株価を維持する目的で行われたのか、という「犯意」と「共謀」だ。

「相場を安定させる目的をもつて、一連の有価証券売買等を行う」ことについての「犯意」と「共謀」なのであるから、どの銘柄について、どのような「目的」で相場を安定させるのか、価格をどのような範囲に安定させるのか、について認識を共有することが必要であり、「買い支えを行うことについて漠然と認識していた」という程度では、「犯意」「共謀」があったとは言えないだろう。

「終値」近辺での「大量の買い注文」が、自己売買部門の担当者の独自の判断で行われたもので、逮捕・起訴された幹部の指示によるものでなければ、そもそも、「不正の買い支え」とは言えない。

この点について、逮捕・起訴された幹部が所属していたエクイティ本部内で、ブロックオファー取引と自己売買の両方が行われており、両者の間に「ファイアーウォールの設置」(情報の遮断)が行われていなかったこと、同社の売買審査部門から、摘発対象となった大量の株の買い注文に関し、社内の売買監視部門のシステムで不審と警告されていたのに問題視されず必要な対応も取られていなかったことなどが報じられている。これらの報道は、いずれも、監視委員会・検察側からのリークによるものと思われる。

検察側の「見立て」は、

ファイアーウォールがなく、情報が筒抜けだから、ブロックオファー取引に関する判断と自己売買部門の買い注文とは直結していた。しかも、自己売買部門で、警告を受けた「不正な買い注文」を、何の動機もなくやるわけはない。それは逮捕・起訴された幹部らの指示によるものに違いない。

というものであろう。

しかし、そのような「ストーリー」で、SMBC日興の金商法違反を立証するためには、逮捕・起訴された幹部と、大量の買い注文を出した自己売買部門の担当者が、検察のストーリーに沿う供述を行うことが必要だ。何とか、そのような供述を行わせようとして4人を逮捕した上で、自己売買の担当者などの取調べも行ったはずだ。強制捜査によって収集された社内メールも徹底して調べられているはずだが、その中に「犯意」「共謀」を裏付けるものがあるのであれば、会社幹部ら4人が揃って否認を通すことは容易ではないはずだ。当初検察が意図したとおりのの供述や証拠が得られていない可能性が高いように思える。

「検察の見立て」を否定する事実

また、そのような「検察の見立て」を否定する方向に働く事実もある。

証券会社の自己売買部門も、基本的には、自らの判断で投資を行う「プロの投資家」である。「安ければ買い、高ければ売る」という原則に基づいて株式の売買を行っている。

ブロックオファーの対象とされた銘柄も、報道によれば、いずれも、相応に企業価値の高い企業であり、その株価が想定価格より低いと判断して買い注文を出すというのは、投資家としては当然の判断である。

マスコミ関係者から得た情報によれば、昨日起訴されたSMBC日興の幹部らの起訴状では、安定操作の方法は、「指値X円の買い注文を大量に入れる」というものだった。この「X円」という株価が、企業価値や相場の動きからして割安であり、「買い」が当然との判断によって買ったということもあり得る。

しかも、SMBC日興のブロックオファーは、投資家による「空売り」を誘発しやすい制度設計であったなどと報じられており、大株主からの買取と転売が行われる日に「空売り」によって株価を下落させようとする動きがあったことは間違いないようだ。「空売り」によって不自然に株価が下落したのであれば、自己売買部門が純粋な投資判断として「買い注文」を入れることも十分にあり得る。

そういう意味では、自己売買の担当者が、それなりの合理性のある理由をもって「独自の判断で買い注文を入れた」と供述した場合、それが虚偽だと断ずる根拠はあるのだろうか。

「絶対的な安値水準と判断されるレベルにまとまった買い指値注文を入れていたところ、不自然な空売りによって、その買い注文が約定してしまった」という場合であっても、結果的に、終値近辺でのSMBC日興の買いによる売買の割合が、売買全体に対して一定の数字を超えていれば、売買審査部から「終値関与の疑い」ということでアラートが出ることになる。しかし、「安値に予め出していた指値注文が大量に約定しただけ」と説明されれば、売買審査部門も「特に問題ない」という判断になるだろう。

一部の記事では、「金商法が禁止している『終値関与』があった」などと書かれていたが、明らかな誤解だ。「終値関与」というのは、「相場操縦等の不公正取引を疑う一要素」であって、それ自体が金商法で禁止されているわけではない。

要するに、逮捕・起訴された幹部らが自己売買部門の担当者に、「大量の買い注文」の指示をした事実があり、幹部らの意思で「意図的に買い支えた」と言えることが、一連の売買について犯罪が成立する大前提であり、その点について供述が得られないと、「相場を安定させる目的で一連の有価証券売買等を行った」という犯罪事実の立証は著しく困難なのである。

相場操縦の典型例は、仮装・馴合売買、見せ玉(約定する意思のない注文)などであり、取引としての合理性のない行為による相場操縦を個人が行った場合は、売買注文や株価の動きなどで、相当程度客観的に立証することも可能だ。しかし、本件のような、売買の当事者にとって相応に合理的な説明が可能な場合には、売買を行う意図・目的などの主観的要素についての供述が不可欠となる。昨年6月に監視委員会が着手した強制調査が、膠着状態に陥っていたのは、この点の供述が得られなかったからなのではないか。

株式購入者側「空売り」をどう見るか

第一の「共謀」についての証拠が得られ、幹部らの意思に基づいて大量の「指値買い注文」が出されていたことが認められるとして、第二に問題となるのが、【SMBC日興証券事件、「空売り」と「買い支え」の対立が背景か~「違法安定操作」での摘発への疑問】で述べたように、特定の銘柄について株価の値下がりにつながる『空売り』があったとされていることとの関係だ。

ブロックオファーでの購入者側が、買値の基準となる取引日の終値を意図的に下げようとして、買い取った株式で決済する前提で買い取り前に「空売り」を行ったとすれば、それ自体が「証券市場の公正」を害する行為であり、金商法157条の「有価証券の売買その他の取引又はデリバティブ取引等について、不正の手段、計画又は技巧をすること」の一般条項を適用して処罰すべきではないか、ということを述べた。

産経新聞(3月24日付)は

SMBC日興は、投資家による「空売り」を誘発しやすい制度設計を武器に、業績を伸ばしたとされる。

関係者によると、他社は空売り防止の意味もあって同種取引をする際は取引日を明示せずに投資家に打診していたが、SMBC日興では取引日をほぼ明示しており、空売りする日付を限定しやすかったという。

検察幹部は「空売りでもうけさせるのが前提だった」と指摘し、制度設計の経緯なども捜査している。

などと、「検察幹部の見方」に基づいて記事を書いている。

しかし、このように、SMBC日興が、意図的に「空売り」を誘発する仕組みを作って、その「空売り」に「不当な買い支え」で対抗することが、SMBC日興にとってどのような意味があるのか。しかも、上記のように、購入者側が、買値の基準となる取引日の終値を意図的に下げようとして行う「空売り」は違法と考える余地もあるのである。そのようなことを企んでいたとすれば、それは、当事者の幹部らに説明してもらわなければわからない。

検察幹部の見方は、それを認めるSMBC日興側の供述がなければ、「妄想」に過ぎない。それを立証する証拠がなければ、違法・不当な「空売り」に対して、下落を防止する「買い支え」は、「相場が自然な需給関係に基づいて形成される」という本来の証券市場における株価形成に資するものとも言えるのである。

SMBC日興側の供述が不可欠な事案

検察が、上記の2つの点について、立証上の問題をクリアするためには、兎にも角にも、SMBC日興側の供述が不可欠だ。

大阪地検特捜部の村木厚子氏の事件で、検察官の不当な取調べが問題となる以前の特捜検察であれば、取調べで様々な手段を弄してストーリーどおりの供述調書に無理やり署名させ、それが採用されて立証されることになっていたであろう。しかし、村木氏の事件と証拠改ざん問題で世の中の厳しい批判を受けた検察は、その後、取調べの録音録画が導入されるなどしたことから、検察官の脅し・騙しの取調べで「ストーリーに沿った供述調書」に署名させるということが難しくなった。今回も、外国人2人を含む会社幹部4名を逮捕して取調べを行ったものの、SMBC日興側の供述は殆ど変わらなかったのではないか。

昨日、この4名の勾留満期を控え、最高検も含めて検察の処分方針が最終的に決定されたわけだが、「この証拠関係で公判立証ができるのか」との疑問が指摘されたのではないか。

そこで、検察が決定した方針は、「SMBC日興副社長逮捕」だったということが考えられる。

副社長逮捕でSMBC日興への世の中の批判を一層大きくし、それを受けて、金融庁も行政処分を行わざるを得なくなる、それによって同社を屈服せざるを得ない状況に追い込み、弁解・反論や公判での無罪主張を押し潰してしまおう、という意図で行われたのだとすると、恐ろしい話である。

しかし、4人の勾留満期の日に副社長を逮捕するというのは、通常の捜査の進め方ではない。捜査の最終段階で4人の幹部の中から副社長との共謀も含めて「自白」がとれた、ということなら話は別だが、これまでの経過からすると、それは考えにくい。

東京地検特捜部の捜査方針に大きな影響を持つ東京地検次席検事は、カルロス・ゴーン氏の事件の際に特捜部長だった森本宏氏だ。

私は、【深層カルロス・ゴーンとの対話 起訴されれば99%が有罪となる国で】(小学館:2020年)の中で、森本氏の特捜部長時代の捜査の進め方について、以下のように述べた。

森本特捜部長の下で手掛けた事件については、私も、その都度、いかにそのやり方が常識を逸脱しており、法的にいかに「無理筋」であるかを指摘してきた。しかし、森本特捜部は、終始、強気一辺倒で捜査を進めてきた。マスコミ、世の中の論調、裁判所の判断などの日本の検察、特捜部をめぐる構図の下では、「思い切ってやってしまえば、結果はついてくる」ということを、森本氏は、経験上認識しており、それが、特捜部が成果を挙げる上で、極めて合理的な発想だったことは間違いない。

森本氏は、そのような考え方で、国際的カリスマ経営者のカルロス・ゴーン氏を、突如逮捕して世界に衝撃を与え、私がその都度、指摘してきたように、多くの重大な問題があった同氏の事件を、「検察が始めた捜査は、引き返すことなく、めげることなく、とことんやり切る。それによって、結果は必ずついてくる」という方針でやり抜き、ゴーン氏は、「公正な裁判が期待できない」として海外に逃亡した。

今回の検察の捜査方針が次席検事の森本氏の判断にかかっているとすれば「SMBC日興副社長逮捕」が、上記のような目論見で行われた可能性も十分にあるように思える。

しかし、さすがに、今回の事件は、森本特捜部時代の事件のように、「結果オーライ」で済むとは限らない。

昨日起訴された4人の幹部の起訴事実が5銘柄に関するものだったのに、佐藤副社長の逮捕事実は、たった1銘柄に関するものだけだ。その1銘柄については、取引の内容についての佐藤副社長の認識に関する証拠が何らかの形で存在するということであろう。

森本次席検事が指揮する東京地検特捜部は、外国人2人を含む経営幹部の逮捕でSMBC日興に「侵攻」したが、かなりの苦戦を強いられているようだ。起死回生を狙って、佐藤副社長を逮捕し、全面自白に追い込み、SMBC日興を屈服させようというのだろうが、果たして目論見どおり行くのだろうかだろうか。起訴された4人も、SMBC日興側も、徹底抗戦の構えを崩していないようだし、4人の起訴と副社長の逮捕を受けての近藤社長の会見でのコメントも、「起訴された個人が有罪なのであれば、法人としても刑事責任を免れない」と述べているに過ぎないと思われる。今後、検察から開示される証拠を見て、会社としてどのような判断を下すのだろうか。

強大な権力で押し切ろうとするやり方は、“ウクライナに侵攻したプーチン”をも彷彿とさせる。ロシア軍のように「想定外の苦戦を強いられる」ということになる可能性もないとは言えない。