ロシアによるウクライナへの破壊攻撃が連日、続いている。
26日には、日本のジャーナリストも取材拠点の1つとしている、ウクライナ西部の中心都市リビウで、石油備蓄基地などがロシア軍によるミサイル攻撃の対象となった(ロシア、ウクライナ・リビウにミサイル 石油施設破壊 5人負傷、毎日新聞)。
日々、状況は変わっているものの、ロシアによるウクライナへの武力攻撃という事態は依然としてそのままだ。
武力攻撃の背景と今後について、ロンドンの中心地にあるクラブ「ザ・コンデュイット」で22日、イベント「ウクライナの戦争」が開催された。議論の一部を紹介したい。
議論の中で、「私たち(we)」という表現が出てくる。狭義では「西側(the West)」、つまり米国と西欧諸国だが、これに東欧の複数の国も加盟する欧州連合(EU)、「西側の価値観」を共有する広い意味の国際社会(日本も含む)を指す場合もある。
今回のイベントでパネリストが「私たち」という時、米国及びドイツ、フランス、英国などの主要西欧諸国、EUの主要国及び指導部をイメージしていると思われる。
自発的デモを理解できない、ロシアのプーチン大統領
アン・アップルバウム氏:米「ザ・アトランティック」のジャーナリスト、著作「民主主義の黄昏ー独裁政治の魅惑的な誘因力」(Twilight of Democracy: The Seductive Lure of Authoritarianism)
アップルバウム氏は、「重要なことは、いったいなぜこのようなことが起きているかを理解することだ」という。「旧ソ連の共産党政治局員たち、これには元KGBの職員も入るが、こうした人々の集団的な思考からすれば、(1990年代初期の)ソ連の崩壊は悪いことだった。当時も、今も、だ。ベルリンの壁の崩壊(1989年)はひどいことだった」
「こうした人々は、自由や人間としての権利を自分たち及びロシアに対する脅威とみなす。自分たちこそがロシアの本当の守護者だと思っている。プーチン政権も、西欧に対する憎悪感情を持つ」
「(西側では)抗議デモは市民が自発的に行うものだが、プーチンはそれが理解できない。誰かが仕立てたデモだと思う」
「プーチンにとって、ウクライナは西側の支援を受けた偽物の国家で、ばい菌にさえ思える。ウクライナの存続は、ロシアの生存にかかわる問題に見える」
今回のロシアによるウクライナ侵攻は「私たち(西側諸国)の価値観への挑戦だ。第2次世界大戦後の価値観、人権に対する挑戦だ」。
「私たちはウクライナを見捨ててきた」
マイケル・ファロン氏:英政治家、元国防相(2014ー2017年)
ファロン氏は、アップルバウム氏の見方に同意するという。「しかし、ここで私たちがどのようにウクライナに対処してきたのかを振り返ってみたい」
「私たちはウクライナの期待を裏切ってきた。見捨ててきたのだ」
「オレンジ革命が起きたのは、2004年だった。この時、欧州はウクライナの社会や経済を実質的に支援するべきだった。農業、産業、政治改革をするための支援を提供するべきだった。しかし、私たちはそうしなかった。ウクライナの民主主義を歓迎したが、これを実行に移す面では、助けなかった」
オレンジ革命:2004年ウクライナ大統領選挙の結果に対しての抗議運動と、それに関する政治運動などの一連の事件。選挙結果に対して抗議運動を行った野党支持者がオレンジをシンボルカラーとして使用したことからオレンジ革命と呼ばれる。欧州とロシアに挟まれたウクライナが将来的な選択として、欧州連合の枠組みの中に加わるのか、それともエネルギーで依存しているロシアとの関係を重要視するのかという二者択一を迫られた事件でもある。参考:オレンジ革命)
「2014年、(ウクライナの)クリミアがロシアに併合され、(東部)ドンバス地域で内戦が発生しても、私たちはあまり何もしなかった」。
ロシアによるクリミアの併合:国際的にウクライナの領土と見なされているクリミア半島を構成するクリミア自治共和国・セヴァストポリ特別市をロシア連邦の領土に加えるもので、2014年3月18日にロシア、クリミア、セヴァストポリの3者が調印した条約に基づき実行された。国際連合やウクライナ、そして日本を含む西側諸国などは主権・領土の一体性やウクライナ憲法違反などを理由としてこれを認めず、併合は国際的な承認を得られていない。参考:ロシアによるクリミアの併合
クリミア併合と東部の内戦:(クリミア併合と)ほぼ同時期に、ロシア系市民が多い東部のドンバス地域では、ロシアを後ろ盾にした親ロ派の分離主義勢力が抗議行動を起こし、「ドネツク人民共和国」、「ルガンスク人民共和国」を自称して独立を宣言し、内戦が始まった。14~15年に「ミンスク合意」という停戦協定がまとまったが戦闘は断続的に続き、これまで1万数千人の死者を出している。参考:ロシアはなぜウクライナに侵攻したのか? 歴史、NATO、クリミア併合など基礎知識
「2014年、北大西洋条約機構(NATO)サミットにウクライナの政治家がやってきて、国防のために武器を提供してほしいと懇願した。しかし、当時連立政権だった英国はこれを拒否した。そこで、英国としては軍事研修を提供することになった。武器を提供できなかったから、そうしたのだ」
2014年のNATOサミット:9月4-5日、英ウェールズで開催。英バーミンガム大学のマーク・ウェバー教授によると、「NATOは自らの役割を加盟国の集団防衛に戻すという根源的な方針を決めた」、「加盟国であるラトビアやリトアニア、エストニアのバルト3国、ポーランド、黒海地域のルーマニアとブルガリアの防衛強化を意味し、そのための政策をその後の8年間で策定」したという(朝日新聞、今年2月26日付)。
「しかし、今になってわかるのは、2014年以降、欧州の10か国にも上る国がロシアに武器を提供していた。対ロシア制裁の抜け道を使っていた」
「今、ウクライナではマリウポリが壊滅状態になっている。私たちが目を配っている中で、こうなったのだ」
「もちろん、攻撃や破壊の責任はプーチンにある。しかし、私たちもウクライナを裏切ったのだ」
これからできることは何か
ファロン元英国防相:「中国、イスラエル、トルコなどがロシアとウクライナの間に立って停戦に向けた交渉役になる可能性がある」。
ジョンソン現政権は、ロシアによる侵攻以来、ウクライナに積極的に武器提供を行っている。「英国はこの軍事支援を継続するべきだ」。
参考:英、ミサイル6000基を追加供与 ウクライナ支援倍増(時事通信)
「また、軍事支援や避難民の扱いなど、大きな負担がウクライナの隣国ポーランドにふりかかる。私たちも、EUも、米国もポーランドを助けるべき」
「英国の国防費負担も見直す必要がある。NATOは各加盟国がGDPの2%を防衛費に充てるようにする目標を掲げている。英国はこれを満たしているが、この程度でいいのかどうか」。
マイケル・バセキュー氏:シンクタンク「アトランティック・カウンシル」のシニア・フェロー。ウクライナ西部リビウからのオンライン参加。
「ロシアの行為は国際的な人権法に違反していると思う。ウクライナは戦争犯罪に値する証拠を記録している」
「ウクライナ市民がロシア軍によって強制的にロシアに移住させられている。非常に懸念している」
「ウクライナ側はNATOに対し、ウクライナ上空に飛行禁止区域(ノーフライゾーン)を設定するよう、求めている。NATOはこれを拒否している。(もし設定すれば)プーチンが化学兵器を使う可能性もある。しかし、私はこれを設定する際の技術的な面を考慮してもよいと思う。部分的な設定は可能かどうか」。
Q:戦時中の飛行禁止区域とは。A:自国の上空で敵国機が空爆や偵察活動などを行うことを防ぐため、航空機の進入を禁じる区域を指定することです。区域を設けることは、違反して進入してきた場合に、撃退することを意味します。参考:<Q&A>ウクライナ上空の「飛行禁止区域」って何?
西側諸国の無知、傲慢さ、臆病さ
エドワード・ルーカス氏:米シンクタンク「センター・フォー・ヨーロピアン・ポリシー・アナリシス」のフェロー、元英「エコノミスト」のシニア・エディター
「なぜこんなことになったのか。西側諸国はロシアと比較すれば、はるかに大きく、強いはずだったのに」
「端的に言えば、西側は無知で、ナイーブで、傲慢で、シニカルで、臆病だったからだ」
「長い間、ロシアの脅威を説く人は西側では嘲笑の対象になってきた。ロシアは欧州諸国のエネルギー依存を武器として使ってくるぞ、情報戦を仕掛けるぞ、隣国が危ないぞと警告を発してきたが、ドイツの高官らに高笑いされてきた」
「西側諸国はソ連・それに続くロシアに対して、常にためらいがちに接してきた。共産主義に戻ると困る、と言いながら、エリツイン(ロシア連邦の初代大統領)を刺激しないようにした」
「リスクがエスカレートしないようにと願ってきたが、結果として、プーチン政権がますます強権化した。行動を行さないことで、リスクが高まってしまった」。
西側指導者に面と向かって、何を言いたいか
筆者の隣に座っていた男性がパネリストたちに質問した。
「私は欧州で情報アナリストとして働いてきた。もし西側指導者に面と向かって話す機会があれば、何を言いたいかを教えてほしい」。
ファロン氏:「まずバイデン米大統領に言いたい。『いったい、何をしているんだ?』と。(昨年夏の)アフガニスタンからの米軍の早期撤収は首都カブールでの混乱を生み出した。失言も多い。ウクライナとロシアの対立では、ロシアがウクライナに侵攻しても『小規模な侵攻』なら見逃すという軽率な発言をしている」。
アップルバウム氏:「非常に失望している。多くの西側指導者がロシアを訪問した。プーチンと話した。マクロン仏大統領に聞きたい。『本当に交渉がうまくいくと思っていたのか』、と。みんなうまくいくと信じたかったのだろう。なぜこんなにナイーブだったのか」。
バセキュー氏:「これだけは譲れないという線をロシアが超えた時、どうするのか。国連安全保障理事会の常任理事国の枠からロシアを外すのかどうか。議論が必要だ。ただ、ロシアはもう国際的な枠組みの正当性を信じていないようだが」。
会場の最前列にいた女性が聞いた。「ウクライナのゼレンスキー大統領は私たちを引っ張って行く存在になり得るのか。どう思うか」。
ルーカス氏:「彼の勇気をほめたたえる人は、ゼレンスキーやウクライナの国民がなぜ今あの状態にいるのか、マリウポリがなぜあのように破壊されたのかを考えてみてほしい」
「なぜ私たちは、彼を私たちの『最後の望み』にさせしまったのか、を」。
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2022年3月28日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。