バイデンが従来の「核態勢」を維持、とWSJ紙が報道

ロシアのウクライナ侵略では、プーチンやペスコフ報道官の発言もあって、核兵器が使用される懸念が国際社会に広がっている。22日、CNNのインタビューで「プーチン大統領が核兵器を使用しないと確信しているか」と問われたペスコフは、次のように答えている(23日のロイター電)。

我々には国内安全保障の概念があり、それは公開されている。核兵器を使用する理由はすべて読むことができる。だから、もし我が国にとって存亡の危機であれば、我々の概念に従って(核兵器を)使用することができる。

これに筆者は、国家を「存亡の危機」に陥れる他国からの脅威には経済制裁もあることに思いを致す。まさにそれは日本が真珠湾を攻撃した理由であり、マッカーサーも51年5月3日、「朝鮮戦争における中国海上封鎖戦略に関する上院軍事外交共同委員会」でこう述べた。

日本には蚕以外に固有の産物がない。綿も、羊毛も、石油製品も、錫も、ゴムも、実に多くのものが不足し、それらのすべてがアジア地域にあった。これらの供給を絶たれたら、1千から12百万人の失業者が出ることを彼らは恐れていた。従って、彼らが戦争に突き進んだ目的は、その多くが安全確保によって影響されたものだった。(拙訳)

ペスコフの念頭にもゼレンスキーの様に「真珠湾攻撃」があるか知らぬ。が、プーチンが「存亡の危機」と考えれば核使用があり得ることを彼は明確に述べた。そして西側諸国は目下、バイデンが「アメリカと同盟国、友好国はプーチン大統領への圧力を強め、ロシアを世界から孤立させるために協力していく」とする経済制裁で、ロシアの孤立を図っている。

バイデン大統領 Bulgac/iStock

そんな中、米国紙『ウォールストリートジャーナル(WSJ)』が25日、「バイデン、同盟国からの圧力の中、核兵器使用に関する米国の長年の方針を堅持。大統領は、核兵器の唯一の目的は核攻撃を抑止することであるべきだという選挙公約から一歩後退した」との見出し記事を報じた。

記事は、バイデン政権が近々発表するとされている「核態勢見直し(Nuclear Posture Review:NPR)」において、大統領選挙でのバイデンの公約に反して、核使用に関する米国の従来方針を変えないことにする模様だ、としている。

筆者は昨年11月、拙稿「バイデン政権は『核態勢見直し』で曖昧戦略の継続を」を本欄に寄せ、3月2日には、プーチンによる核使用の仄めかしを受けて、同記事の再掲をお願いしたので、WSJ報道を歓迎する。同じ理由で、日本が非核三原則見直しや核共有の議論を活発化することを期待する。

関連して3月23日の『New York Times(NYT)』が「米国はロシアが最強の武器を使用した場合の有事対応策を作成」と題して米国を含むNATOの対ロシア対応を報じ、2日後、米メディア『The Intercept』が「議会は核兵器政策を改革する重要なチャンスを既にふいにしている」と題する記事でバイデン政権のNPRを批判的に報じている。

なおバイデンNPRのポイントには「核先制不使用」の宣言に加え、トランプNPRが計画した海上発射型核搭載巡航ミサイルやB83核爆弾の装備化を覆すか否かにあるとされていた。またNPRの来し方の概略は前記拙稿をご覧願うとして、本稿では前記2紙を参考に西側諸国の対ロシア核対応について考えてみたい。

NYT記事のキーワードは「タイガー・チーム」。この語は「特定の項目を検討する専門家チーム」のことで一般名詞になっているが、ここでは専ら「プーチンが生物・化学・核兵器を使うことになった場合に備えて可能な対応を考える」チームのことを指している。

記事は匿名関係者の情報として、前のチームはロシアのウクライナ侵攻の可能性に備え、水面下で数ヵ月作業を続けていたが、今のチームは、侵攻後の2月28日にサリバン国家安全保障顧問のメモで設立されたとし、ロシアの弱点を突く徹底的な制裁、NATO諸国の軍備増強、ウクライナへの武器供与などの脚本を考案する上で中心的な役割を果たしているとする。

そしてチームはさらに週に3回開く秘密会合で、ロシアがモルドバやグルジアなどの旧ソ連下にあった近隣諸国などに戦争を拡大しようとした場合の対応や、過去数十年に例のない規模で押し寄せる難民に欧州各国がどう備えるかについても協議していると書いている。

1ヵ月前は単なる想定だったものが、今日ではロシアが軍事的な行き詰まりを打破するために、最も強力な大量破壊武器(ABC兵器)に目を向けるかも知れないとの認識が、ワシントンからからブリュッセル(NATO)に至るまで、定着してきたという訳だ。

NYTは、ストルテンベルグNATO事務総長が3月23日、「ロシアが大量破壊兵器をウクライナ国内だけに使用したとしても、NATO諸国の人々に“悲惨な結果”をもたらすかもしれない」と述べて、対応の緊迫性を強調したことにも触れる。

記事はこれを、「ストルテンベルグは、化学物質や放射性物質の雲が国境を越えて流れてくる恐れがあることを述べているようだ」とし、こうした巻き添え被害をNATO憲章に基づく「攻撃」と見なし、共同軍事対応が必要になる可能性があるかどうかもタイガー・チームの検討課題の一つだと書く。

筆者は拙稿「西側指導者の対プーチン弱腰が将来に禍根を残す」で、「330万人(18日時点)を超える国外へのウクライナ難民の7割を受け入れるポーランド、1~2割を受け入れるルーマニア、ハンガリー、スロベニアはまさにプーチンの侵略の間接的な攻撃を受けている。これらは歴としたNATO加盟国であり、まさに「5条」の状況だ」と書いて、NATOの不作為を難じた。

数百万人に上る難民受け入れを「間接的な攻撃」とした訳だが、ウクライナ「国境を越えて流れてくる恐れがある」ロシアのABC兵器の「雲」とどちらがどうかと言えば、難民受け入れの方がより「直接的」ではなかろうかとの気もするが、それはひとまず措く。

Interceptは、世界が核戦争に近づく中、ロシアのウクライナ侵攻が米議員たちに、国防総省で進められているNPRを精査する絶好の機会を与えているにも関わらず、「先週、議会がそれを目的に発表した新しい委員会の任命委員は、いつも通りだった」と、議会の姿勢を批判する。書き手のシロタ記者は削減派の様だ。

委員会とは「核兵器・軍備管理作業部会」で、核政策に関する勧告を年末に発表する任務を負う。が、記事は「元上院議員から国防総省のロビイストに転身した人物やBPの上級幹部」などの「委員らは、核兵器近代化の取り組みや軍備管理の役割について検討する際、議員の耳目を集め、国防総省、国家情報長官室、その他の政府機関から情報や統計を入手することになる」と議員と委員の癒着を嘆じる。

作業部会の委員12人は、上下両院の軍事委員会の民主党と共和党の最高幹部が各2名の10名、両院の各党首が各1名の2名指名し、目下10名が指名済みだ。が、記事は同部会の審査が、独立した科学的分析を求めるのではなく、これら12人の委員の手に委ねられていることを問題視する。

とはいえ記事の論調にも拘らず、委員のプロフィールを読むと専門知識のあるタカ派とハト派がそれなりに選ばれている印象だ。例えば、上院軍事委員会のインホフ委員(R)が選んだ前上院議員カイル氏は、新型爆撃機B-21とICBMのノースロップ・グラマンへのロビー活動が判明している。

上院リード委員長(D)が選んだ退役軍人ハイテン氏は11月まで核を統括する統合参謀本部副議長でノースロップ・グラマンと関係があり、クリードン氏は大量破壊兵器対策を主とした国家安全保障のコンサルティング会社を運営する。下院ロジャーズ委員長(R)の選んだハインリクス氏とビリングスレア氏が所属するハドソン研究所はロッキード・マーチンやノースロップ・グラマンから寄付を受けている。

一方のハト派には、下院スミス委員長(D)が指名した、バイデン政権の国防省で核抑止政策を担当して核近代化路線に懐疑的なトメロ氏人、ペロシ下院議長が指名した、90年代に旧ソ連諸国からの核兵器撤去に取り組んだ軍備管理論者のダフィー氏、シューマー上院民主党院内総務が指名した、オバマ時代の国防省高官でBP社のシャー氏らがいる。

軍備管理や軍縮の関係者の多くは、この委員構成から推して、部会が核兵器の本格的削減を勧告することに懐疑的だそうだが、その一方、遅い設置時期が、ほぼ完成しているNPRに与える影響を疑問視する向きもある。過去4回のNPRが何れも約1年間掛けたのに比べ、バイデンのNPR期間が昨年7月から本年2月と短いことは拙稿で指摘した。発表直前にウクライナ紛争が勃発もした。

「従来方針を堅持」とWSJが、おそらくプーチン向けに観測気球を上げたのだから、拙速を排して作業部会の「削減に懐疑的」な勧告の途中経過も傾聴した上で、バイデン版NPRを発表したら良いのに、と筆者は思う次第。