誤解だらけの「核共有」

潮 匡人

y-studio/iStock

安倍晋三・元総理が3月3日、派閥の会合で、NATO「核共有」制度に触れ、「もしウクライナがNATOに加盟していれば、ロシアの侵攻はなかったのではないか」、「非核三原則を基本的な方針とした歴史の重さをじゅうぶん噛みしめながら、国民や日本の独立をどう守り抜いていくのか、現実を直視しながら議論していかなければならない」と述べた。

史上最長の在任期間を誇る元総理にして、自民党最大派閥の長である有力政治家による公の会合における発言である。さぞや、活発な議論が展開されるかと思いきや、あっという間に幕が下りた。

同じ自民党の宮沢博行・国防部会長が3月28日、「核共有」について「日本にはそぐわないというのが(党内の)大勢」、「核を置いた時点で攻撃対象になることなどを考えると日本に核を持つ実益がない。唯一の核被爆国として核廃絶を主導する責務があるわけで、その理想、夢は絶対に捨ててはいけない」と述べ、党内の議論は終わったとの見方を示した(産経ニュース参照)。

この際、持たず、作らず、持ち込ませず、の「非核三原則」に、「議論せず」を加えて、四原則としてはどうか。

衆院予算委で「米核兵器 同盟国で共有 議論せず」と述べる岸田首相
NHKより

けっして冗談ではない。岸田文雄総理も3月7日の参議院予算委員会で、「核共有」は「認められない。少なくとも非核三原則の『持ち込ませず』とは相いれない」と改めて否定した。

失礼ながら、岸田総理以下、自民党の「大勢」諸侯は誤解している。

そもそも「核共有」(Nuclear Sharing)とは名ばかりで、NATOの制度では、核兵器が共有されているわけではない。もし米英仏が核兵器(またはその管理)を他国と「共有」すれば、NPT条約(核不拡散条約)に抵触してしまう。

ならば、何が「共有」されているのか。それは「核抑止の利益、責任、そしてリスク」である(NATO’s nuclear sharing arrangements ensure that the benefits, responsibilities and risks of nuclear deterrence are shared across the Alliance.)。

具体的には、ドイツ(ビューヘル空軍基地)、イタリア(アヴィアーノ空軍基地、ゲーディ空軍基地)、オランダ(フォルケル空軍基地)、ベルギー(クライネ・ブローゲル空軍基地)、トルコ(インジルリク空軍基地)の5か国で米軍の核兵器(B61)が保管されており、上記5か国の核搭載可能航空機(DCA)部隊が核攻撃任務に就いている。

ただし、「当然ながら米国の意思に反して同盟国が核兵器を使用することはできないし、仮に米国が核使用の決定を下した場合、同盟国がそれを覆す権限を有していない」(新垣拓・防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室主任研究官「NATO 核共有制度について」、『NIDSコメンタリー』第211号所収)。

こんなものが「核共有」と呼べるのだろうか。新垣は「NATO 核共有制度」について(おそらく日本を念頭に)「地政学的な条件や歴史的文脈が異なる別の地域にそのままのかたちで援用することは難しいであろう」と結論する。ただし、その前段で、こうも述べた。

それは、軍事的な意義よりは同盟国への安心供与という政治的・心理的な意義の方が重視されてきた

そもそも「安全保障(Security)」の語源は「安心」である(拙著『日本人が知らない安全保障学』中公新書ラクレ)。

日本国民を安心させることも、政府与党の重要な責務であろう。なのに、その議論すら封殺する。もはや安全保障をあずかる資格を欠く。

ちなみに最新刊『核兵器について、本音で話そう』(新潮新書)では、共に国家安全保障局次長を務めた兼原信克と高見澤將林、加えて国家安全保障局顧問も務めた番匠幸一郎(元陸将)の3名が「核共有」に積極的な姿勢を示す。

同書座談会で、ひとり「反対」した太田昌克(共同通信編集委員)も「国民も理解できる核の議論が必要なことは確かだと思います」と語る。政府与党の思考停止とは大違いだ。最後に、同書から一箇所、兼原の発言を引こう。

グアムに核弾頭を置いておいて、航空自衛隊のF-35をグアムに差し向けてミサイルを積んでから出撃させるとか、その際、空中空輸機を飛ばしてF-35の足を伸ばすとか、やり方はいろいろある。もっと言えば、表向きは核抑止について強気なことを言い続けて実は何もやらない、ハッタリだけれども相手は心配になるという心理戦のやり方だってある。でも、そんな具体論に入れないぐらい、議論が入り口で止まっちゃってるんです。それが悲しいですね

案外知られていないが、空自のF-35は前出「核搭載可能航空機(DCA)」に当たる。上記のとおりグアムに核弾頭を取りに行く「やり方」なら、空自基地等が「攻撃対象になる」(宮沢部会長)心配はいらない。非核三原則の「持ち込ませず」にも抵触しない。もし、それがダメだとしても、「ハッタリ」をかますくらいは許されよう。万一それすらダメだというなら、もはや「非核四原則」である。

総理が広島出身だからといって、議論を入り口で止めてよいはずがない。

(文中敬称略)