バイデン米大統領は欧州訪問先のワルシャワで、ロシアのプーチン大統領を「虐殺者」と呼び、そのレジームチェンジを求めたような発言をした。すると、ロシア側はバイデン氏の演説内容を「ヒステリック」と呼び、「米国大統領は病気だ」と非難した。欧米内でも、「バイデン氏の失言癖がまた出た」と言った声が聞かれたが、ロシア軍のブチャ虐殺が発覚し、国際社会から強い批判の声が高まってきた現在、バイデン氏の発言は「失言」ではなく、堂々とした「正論」だったことが明らかになった。
問題は強権政治を続け、戦争犯罪を繰り返すプーチン大統領を如何にその地位から追放するかだ。民主国家ならば不信任案を議会に提出して首班を変えることができるが、ロシアは民主国家からほど遠いから、難しい。あとはプーチン氏側近の蜂起、軍クーデターといった強制的な政権交代があるが、モスクワからの情報によると、ロシアのパワーブロック、シークレットサービス、軍隊は依然プーチン氏に忠実という。一時、ショイグ国防相辞任説が流れ、「軍部の内乱か」といった報道も流れた。プーチン氏はウクライナ侵攻といった軍事活動(戦争)に忠実ではない幹部たちを更迭し、警備員を定期的に代えているという。
ロシア問題の専門家トーマス・フランケ氏はドイツ放送「ドイチュランドフンク」で「ロシア大統領解任のためのアイデア」について興味深い記事(4月1日)を掲載していた。その中から「プーチン氏解任のためのアイデア」の概要を紹介する。
①ロシアの経済学者ウラジスラフ・イノゼムツェフ氏は、「ロシアのビジネスエリート、オリガリヒとプーチン解任で交渉し、プーチン解任すれば欧米の対ロシア制裁を即解除すると申し出る。彼らの多くは愛国者ではなく、制裁前の贅沢な生活を取り戻したいだけだ。プーチン大統領のウクライナ侵攻でその特権を失ったから、プーチン氏に怒りを持っている。だから、彼らにプーチン氏をハーグの国際戦犯法廷に引き渡せば、その段階で欧米の対ロシア制裁を即時解除する、という条件を提示する」と説明、ロシアのエリートビジネスマン、オリガルヒにプーチン解任を期待している。
同時に、イノゼムツェフ氏は「プーチン解任」と「ロシアの民主化」を離して考えている。換言すれば、革命、レジームチェンジは市民の抗議デモだけでは期待できないからだ。ロシア検察当局は先月15日、収監中の反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏に対し、詐欺や法廷侮辱の罪で新たに禁錮13年を求刑した。同氏は現在、禁錮2年半の刑で服役中だ。同検察当局がナワリヌイ氏に新たに求刑したのは、ウクライナ侵攻以来続く国内の戦争反対デモ、反プーチン・デモを警戒し、国民を威嚇する狙いがあるからだ。
②ロシアの著名な海外亡命反体制派、元石油会社ユコス元社長のホドルコフスキー氏は、「プーチンの権力基盤は万全かというと、そうとは言えない。プーチン氏が外国からの首脳と会ったり、側近と会合する場合のテーブルが最近、ますます長くなってきた。プーチン氏は明らかに恐れ出している」と受け取っている(この欄でクレムリンの会議用テーブルの長さについては指摘した)。「プーチン氏が恐れだした」という分析は鋭い。独裁者の終わりの始めはいつも「側近、周辺関係者への懐疑、恐れ」からだ。
ちなみに、同氏は、「プーチンを解任するにはロシアのシュタウフェンベルクが必要だ」と主張している。クラウス・フォン・シュタウフェンベルクは1944年7月20日、ドイツ陸軍国内予備軍参謀長時代に東プロイセンの総統大本営でアドルフ・ヒトラーを時限爆弾で暗殺しようとした。ただし、ヒトラーを負傷させたが、暗殺できず、処刑されている。「ロシアのシュタウフェンベルク」は失敗してはならないわけだ。
国家元首への暗殺を期待することは正統な道ではない。戦争犯罪を犯した人物をハーグの国際戦犯法廷に送る方法が最も正道だ。ただ、ホドルコフスキー氏のような意見がでる背景には、ロシアの政情がプーチン氏の独裁政治にストップをかけ、民主化できる状況から程遠いからかもしれない。
③モスクワの野党政治家でジャーナリスト、ウラジミル・カラ・ムルザ氏は、「最も重要な仕事は、起こっていることに人々の目を開くことだ。私たちの国の政治状況を変えることができる唯一の人々はロシアのロシア人だ。外から変えることは出来ない」と述べ、「重要な仕事は教育と真実だ」という。時間はかかるが、ロシア国民への再教育の必要性を強調している。
なお、モスクワ生まれの映画監督、イリヤ・フルジャノフスキー氏はオーストリアの日刊紙スタンダードとのインタビューの中で、「ミハイル・ゴルバチョフはソ連と呼ばれる巨大なドラゴンを殺し、多くの自由をもたらした。しかし、私たちが今見ているように、死骸は生き続け、再び昇り始めているのだ。この戦争と国家の状態について、プーチンだけの責任として非難できない。古いソビエト精神の構造から生まれてきたものだからだ。過去100年余り、多くの人々が追放され、投獄され、拷問され、殺された。その暴力的な支配の結果だ」と述べている。
「マリウポリの劇場空爆」、「ブチャの虐殺」とロシア軍の戦争犯罪行為が明らかになってきた。ウクライナ侵攻を宣言したプーチン氏には戦争犯罪の責任がある。プーチン氏の解任を国際社会が願っている。プーチン氏の解任は本来、ロシア国民の課題だ。ウクライナ国民がロシア軍の侵攻に直面し、祖国防衛のために奮い立ったように、ロシア国民は独裁者プーチン氏解任のために民族の底力を見せてほしい。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年4月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。