アメリカはそんなに利上げできるのか?

専門家などの意見やFRB高官のつぶやきを踏まえ、市場が金利などの先行きを予想し、ある程度のところに収れんするのを「市場のコンセンサス」と言います。あくまでもその時々でこの予想は変化するので市場のコンセンサスは常にアップデートが必要です。現時点での利上げに対する予想は年内に0.50%上昇が3回、0.25%上昇が3回の合計2.25%の上昇で年末には2.75%になる、これが大方の見方です。

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FRBは年内あと6回のFOMCがありますが、0.25%を6回上げただけでは十分ではないという点からもタカ派的とされ、更にFRBのNo2であるブレイナード理事までもが資産圧縮(QT)を「5月にも急ピッチで始める」としています。彼女はハト派であっただけにこの変身ぶりにはやや驚きをもっています。

このFRBの姿勢は主に国内の事情によるものです。一つは止まらない物価高、もう一つは改善しすぎた失業率です。後者の件については先日このブログでご説明しました。

金利がぐんと上がり、かつ住宅ローン債権の資産の圧縮に転じると一番に影響が出るのが住宅販売です。これは住宅ローンがつかない人がかなり生じるため、第一次取得者層の動きが鈍くなるためです。北米の住宅市場は「ヤドカリ型」で一生の間に何度か買い替えながらだんだん大きくしていくパタンですので住宅市場の大きな買い替えサイクルが止まりやすくなります。住宅、不動産業界、更には建築、インテリア関係に影響が出る、というのが往年のパタンです。

但し、近年はこの王道のフローは若干変わってきており、一定額以上の不動産所有者は既に住宅ローンはなく、住宅ローン金利に影響を受けない層がむしろ主流になるケースもあります。例えばここバンクーバーは過去のデータでも不動産閑散期に取引件数が細くなっても価格だけは上昇し続けるケースは往々にして見られます。

FRBは賃金が物価高に追いついていない、と懸念を表明していますが、物価高の影響を受ける材料費に賃金が更に上昇した場合、最終財の価格ははるかに高いものになり、買える人だけの市場を形成してしまい、所得と市場の分断化が生じてしまいます。私はその点をふくめ、現代のマネタリズムは論理的に機能しにくくなっているのではないかと思っています。

もう1点、私が予想通りにならないと思っているのは世界を取り巻く状況です。先日、新興国の外貨準備が不足してIMFの支援を要請しそうな国家が増えそうだと申し上げました。仮にアメリカが「市場のコンセンサス」ほどの利上げを行えば、世界のマネーは混乱を起こします。理由は新興国が通貨防衛のため「大利上げ競争時代への突入」となりえるからです。

また今、ウクライナでの戦争をめぐり、経済制裁の連続になっています。その上、最新のニュースによればロシアが注力する東部ウクライナをめぐり激戦が展開されており、かなり長期戦になるのではないか、という予想が出てきています。日経では「米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長が5日、下院軍事委員会の公聴会でウクライナ紛争について『少なくとも数年単位になる』」と報じています。数年単位では戦地だけではなく、経済全体が疲弊することを現代の人は忘れてしまっています。

第一次大戦後、世界がどれだけ混乱に陥ったかはあまり学校では習わないと思いますが、狂乱で1929年の世界大恐慌の遠因にもなりました。特に賠償責任を負わされたドイツでヒトラー政権が生まれたことはご承知のとおりです。もう一例としては朝鮮戦争のあと、朝鮮半島の復興は容易ではありませんでした。国家の体をなしていなかったのです。人々はとてもではないですが、表現すら憚るような生活だったのです。

しかもそれらは現代社会とは比べようがない昔の話です。現代において世界の国々ではグローバル化とリンケージが進んでいます。共存体制や地産地消というシステムにも十分移行しているからこそ戦争がもたらす影響が世界的に広がることを懸念しなくてはいけないのです。

例えばフォーブスによると国際決済銀行ベースのデータからロシア向け与信残高は合計で約15兆円規模、うち、アメリカが1.9兆円規模、欧州は10.4兆円規模もあります。またロシア資産に投資している企業も厳しく例えばブラックロックはロシア資産組み入れファンドで2.1兆円の損失を計上済みです。私が1-3月期の決算は気を付けよ、というのは金融機関、投資会社、ロシア向け事業会社から思わぬ評価損が出てくる可能性が大きく、それが地政学的な偏りが生まれ、問題発生の起点となりかねないのです。

よって今日時点はまだノー天気な「市場のコンセンサス」を述べていられますが、あらゆるファクターを考慮するとそんな甘い読みではないと私は予想しています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年4月8日の記事より転載させていただきました。