会談開始前の写真撮影なし、フィルムなし、対談開始前の両者の握手もなし、対談後の共同記者会見もなし、それにもう一つ付け加えるとすれば、会談場所はモスクワのクレムリンではなく、プーチン大統領の公邸だった。ロシア軍のウクライナ侵攻後、欧州連合(EU)加盟国首脳初のプーチン氏との初の対面会談は、“なしなしの会談”に終始し、通常ではなかった。
75分間の会談を終えて出てきたオーストリアのカール・ネハンマー首相の表情には、さすがに疲れが見えた。ネハンマー首相も、世界から戦争犯罪人として糾弾されているプーチン氏との異例尽くしの対面会談に神経を消耗したのだろう。
会談場所にジャーナリストを入れない、写真を撮らない、といった条件はオーストリアとロシア両国の話し合いで決まったことだが、現地のメディア情報によるとオーストリア側の要請でそのような“なしなし会談”になったという。
EU加盟国の首脳は、マリウポリを廃墟化し、ブチャで多くの民間人を虐殺したロシア軍の総責任者プーチン氏と握手し、笑顔で会談に臨むことはできない。そのうえ、ロシア側が国営メディアを通じてネハンマー首相のモスクワ訪問を報じ、「わが国は国際社会から孤立していない。EU加盟国の首相が大統領に会いに来た」というプロパガンダ材料に悪用される恐れがあったからだ。
それでは、プーチン氏とネハンマー首相との対面会談で分かったことを以下、簡単にまとめておく。
① プーチン氏は目下、停戦に関心がない。ロシア軍は現在、南東部地域での攻勢に乗り出している(5月9日の対独戦勝記念日を控え、軍事活動の成果を誇示する必要性がある)。ウクライナのゼレンスキー大統領はプーチン氏とのトップ会談を希望しているが、プーチン氏は関心を示していない。
② プーチン氏はイスタンブールでの停戦交渉の枠組みを唯一公認し、エルサレムや他の国での停戦交渉には関心を示していない(プーチン氏が停戦そのものに関心があるのか否かは不明だが、トルコのエルドアン大統領のイニシャチブによる停戦交渉の枠組みだけはまだ破棄していない)。ネハンマー首相は会談後、「プーチン氏の意向をトルコ側に通知する予定だ」と述べている。
③ マリウポリでの人道回廊の設置問題については、ウクライナ側の妨害で実現できないと、責任はウクライナ側にあると主張。
④ 欧米側の戦争犯罪問題の追及については、プーチン氏は直接答えていない、無視している。
⑤ 欧米側の対ロシア制裁については、制裁がロシア国民にとってハードだが、わが国はそれを乗り越えると述べたという。プーチン氏は欧米の対ロシア制裁が厳しいことを間接的に認めたわけだ。
⑥ プーチン氏はロシア軍のウクライナ侵攻を「戦争」と言わず「特別軍事活動」と表現、「戦争」という言葉を使うとその撤回を求めた。ただし、会談の終わりごろになると、「戦争」という言葉にもはや拘らなくなった。
以上
プーチン氏はネハンマー首相との対面会談では何も譲歩を見せなかった。欧州メディアは「予想通り、成果のない会談だった」と結論を下している。「会談はダイレクトでオープンだったが、同時に、ハードだった」とネハンマー首相は会談直後、吐露したが、ないない会談で、成果のない会談で終わったことから、プーチン氏との会談を自ら申し出た首相としては当然、失望しただろう。
ただ、看過してはならない点は、プーチン氏が欧州の中立国オーストリアの首相との会談に応じたという事実だろう。オーストリアはプーチン氏が嫌う北大西洋条約機構(NATO)の加盟国ではない。中立国だ。その国の首相との会談はプーチン氏にとって学ぶことがあったのではないか。ネハンマー首相は、「わが国は軍事的には中立だが、政治的、道徳的には中立ではない」と答えている。ウクライナの中立国化が停戦交渉でテーブルに上る時、プーチン氏はネハンマー首相のその言葉を思い出し、考え込むかもしれない。ネハンマー首相はプーチン氏に立派なメッセージを送ったのだ。
最後に、当方がネハンマー首相の説明で最も印象に残ったのは、「キーウでゼレンスキー大統領に今回のモスクワ訪問を伝えた時、大統領が『モスクワには行かないでほしい』と述べていたら、私はプーチン氏との会談計画を止めていた」と語った発言だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年4月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。