今年のアカデミー賞の会場でウィル・スミスが、脱毛症のために頭髪を剃ってしまった妻のことをジョークのネタにしたコメディアンであるクリス・ロックをビンタした件が日本では話題になっていた。
興味深い点は、アメリカだけではなく、イギリスやカナダ、オーストラリアなどの英語圏と欧州ではウィルスミスを徹底的に非難する意見が主流だったことである。
その一方で日本では脱毛症のことをネタにするクリス・ロックが悪いという意見が多く、妻を守るためにビンタを食らわせたウィル・スミスを支援する人の意見が少なくなかった。
私の著書「世界のニュースを日本人は何も知らない3」にも書いたが、なぜこのような違いがあるかについては、日本と北米や欧州ではジョークに対する考え方が違うと言うポイントがある。
まずそもそもアメリカを始め、特にイギリスや英語圏ではクリス・ロックは20年以上前から人気があり、毒舌ネタを連発する漫談をやるコメディアンとしてよく知られている。
彼は私がアメリカに留学していた20年以上前にも大人気で、その超早口なトークや繰り出される人種ネタやスラングは、アメリカ人と会話するための英語力を身につけたり、雑談の際のネタを学んだり、アメリカの社会構造そのものを学ぶのに非常に有益であったので、テレビでよく見ていた。
当時は字幕が自動的に出るテレビを持っていなかったので彼のショーが始まるとテレビの前にメモ帳を持って座り、懸命に内容を聞き取って、分からないことは日系人の友達やアメリカ人に聞いていた。
クリス・ロックのようなコメディアンの漫談を理解するのにはアメリカの社会や英語圏のことをよく分かっていなければならない。
そもそも北米や欧州ではお笑いというのは日本とは感覚がかなり違う。
お笑いというものが人種や階級の対立のガス抜きのために使われる「道化」だからである。
そもそもお笑いが始まった歴史が日本とは違う。
かつて王の横にいた道化師は、場の空気が悪くなってくると馬鹿げた事を言ったり、その場にいる人々の対立や力関係を理解した上でギリギリの線でおちょくるネタを繰り出して対立を緩和した。政治や経済、戦争の話で常に対立する場である。
そして欧州ではそういった道化師のきついジョークに上手く切り返すことができる人間が、「知性があり」「冷静さを失わず」「頭の回転が速い」偉大なリーダーと認定されるのである。
なぜ「冷静さ」「頭の回転の速さ」が重要視されるかだが、これは要するにその王族や貴族、将官といった人間が、戦場で適切な判断をすることができるかということなのである。
リーダーになる人間は 厳しい状況に直面する。その際に最も重要なことは冷静さを失わず、 客観的な材料をもとにして最適な判断を下すことである。
戦場で直面する状況というのは、道化が繰り出すきついジョークよりもはるかに厳しい。道化によるおちょくりさえ耐えられないような人間は、戦場で適切な判断を下すことができるはずがない。
さらにきついジョークに対して気の利いた返しで、 雰囲気を盛り上げることもリーダーにとって大変重要なことと考えられているのだ。
リーダーというのは自分が率いる集団の雰囲気を良くし、要員の士気を上げて目的を達成する必要がある。その際に辛いことや厳しいこともユーモアに包んで伝えることができれば、やる気が出るというものだ。
そしてリーダーがユーモアを入れるぐらいの精神的な余裕があるということは、その場にいる人間に大きな安心感を与える。
これは現在の北米や欧州の職場でも全く同じで、ユーモアに欠け、怒鳴ってばかりの管理職や経営者というのは大変嫌われる。
北米や欧州の職場では日本人の管理職や経営者は嫌われることが少なくない。なぜなら彼らはユーモアセンスにかけ、話すことが全く面白くないからである。特に中年以上の男性だと自虐で笑いを取ることもないし、真面目くさった顔で威張り散らすのでとても嫌われている。
このような北米や欧州の人々の本音は会社の会議や机では知ることができない。パブやストリップクラブに誘われるようになって、お酒が入ってやっとそこで彼らの本音がわかるのである。
これは就職の面接の際にも同じで、面接官をわっと笑わせることができれば大体採用になるのである。
日本と異なり転職の際の採用面接では、特にアメリカやイギリスでは面接官が冗談を言ってきたり、 ちょっとしたネタを繰り出してきて採用希望者の反応を見ることが結構ある。真面くさった感じで面接をやる日本とはずいぶん違うのである。