Netflixの利用者が初めて減少し、同社の株は35%も売り込まれました。無限の成長はないと考えるなら驚きはしないのですが、急激、かつこのタイミングは何を意味するのかと考えれば社会潮流の変化の一つもあるかもしれません。
私も契約していますのでいつでも見られるのですが、コロナ全盛期に比べ、映画を頻繁に見るほど時間がない、これが正直なところです。つい数か月前までは週に1度ぐらいアクセスして映画を見ていました。が、徐々にその頻度は下がり、この3-4週間はアクセスすらしていません。日々の生活のリズムの中でNetflixに到達できないのです。ということはNetflixは私の時間の中で余った時に活用するオプションであり、他のことに劣後し、受動的であるとも言えます。
私が90年代初頭におこなった住宅開発でそのアメニティ オプションにビデオ オン ディマンドを導入できるか、という検討をしたことがあります。好きな時に好きな番組や映画をレンタルビデオ屋に行かずして見られる仕組みです。初期の思想ですね。自分の見たいものを見たいときに見るのは当時から人々の強い願望であったのです。
北米ではケーブルTVを介し、自分の好きな番組を見る習性が何十年も前から備わっていました。ところが100チャンネルもあるようなTVにはうんざりです。出張先のホテルでテレビをつけようものならばどの番組がどこにあるのかさっぱりわからず、途中でリモコンをほっぽり投げるのは日常茶飯事。
それがNetflixにしろアマゾンプライムにしろ、画面で見たい番組を抽出できる点は大きな改善だったと思います。が、これは一種のマーケティングであって気をひく点ではよく出来ていたし、コロナは明らかにフォローの風でありました。ところが、人々の時間はどんどん足りなくなっています。夕食が終わったら映画を2時間ゆっくり見るのははかない夢となりつつあるのが現実でNetflixに頭打ち状態が起きているとすればそれは当然の流れだともいえそうです。
Zoomなどオンライン会議のツールを介した会議。これは実はコロナが収まってきた今日でも使っています。理由は参加しやすいのです。移動時間がない点において効率的であることは否めません。私の中では効率を高めたZoomに対して時間の浪費を促すNetflixという位置づけです。
これは何を意味しているのでしょうか?我々現代人はコロナ前にもまして忙しくなっているといえるのかもしれません。また自分の興味ある分野にしか目がいかなくなりやすくなる、そんな社会を反映しているともいえそうです。
ところで以前からNetflixは一人の契約者があちらこちらで見ることができるため、その対策を講じるのではないか、と噂されています。具体的にどんな方策か想像の域を出ませんが、例えば2重のチェック方式をとることは一案なのかもしれません。
日本ではまだ普及が遅れていますが、北米では二重セキュリティシステムは当たり前です。例えば銀行のオンラインアカウントに入るにはIDとパスワード入れたあと、自分のスマホに別の暗証番号がテキストでくる仕組みです。そのテキストに表示された5桁程度の番号を画面に入力しないと口座に入れません。そのようなセキュリティはあらゆるところに広がっており、一般化しているといっても過言ではないでしょう。
例えばこれをNetflixに導入すればアカウントに入る時「あなたのスマホにテキストを送りました。その暗証番号を入れてください」と出てくるかもしれません。こうなるとアカウントホールダーしかアクセスしずらくなるので1億人もいるとされる不正利用者は減少するかもしれません。
但し、それを取り締まることでNetflix社にとって応分のアカウント増につながるか、と言えば私は否だとみています。つまり、不正利用はなくなってもそこまでして見たいという人がそぎ落とされただけで収益には影響しないとみています。理由は上述の通り、そこまでしてみるほど暇じゃない、ということかと思います。
また、Netflixはターゲット層を絞った話題作品も多く発信しています。しかし、常用者でない限り、その作品だけを見たいという人も多いでしょう。以前、「嵐」の番組を1年近くに渡り20回近く放映したことがあります。これもその番組だけを見たい人がその後も契約を維持したか、と言えば疑問符がつくと思うのです。月々数千円は安くもあり、無駄でもあります。そのギリギリ層が剥離したというのが今回の顛末でしょう。
ビジネスはある程度までは攻略できても必ず天井にヒットします。その時、かつてのように工夫だけで乗り越えられる時代ではなく、そのガラスの天井を意識し、次のビジネスを立ち上げるような戦略をとることも今後必要になるとみています。私がアマゾンの成長がそろそろ終わりだと申し上げるのもこのビジネスモデルが陳腐化し、一方で巨大ゆえに方向転換できない弱点すら抱えつつあるのではないか、という危惧なのです。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年4月21日の記事より転載させていただきました。