1. 圧倒的に現金・預金の多い日本
前回は、家計の負債について各国比較をしてみました。他の先進国は大きく負債(主に住宅ローン)を増やしているにも関わらず、日本は増やしていません。金融資産が増え、負債が停滞しているので、差し引きの純金融資産も増えています。
今回から、もう少し金融資産の中身についても見ていきましょう。日本の意外な特徴が見えてくるかもしれません。
OECDの区分による金融資産は、以下の項目から構成されています。
日本語表記は日銀資金循環の項目名にある程度合わせています。
・現金・預金: Currency and Deposits
・株式等: Equity and investment fund share/units
・年金・保険: Insurance pension and standardized guarantees
・その他
今回はまず「現金・預金」を取り上げてみます。
日本人は預金を好むといわれますが、果たしてそれはどの程度なのでしょうか?
まずは各国の総額(ドル換算値)から見ていきましょう。
図1は、家計の金融資産のうち現金・預金のグラフです。
アメリカがやはり右肩上がりで増加していて存在感がありますが、日本の数値も極めて高い水準であることが特徴的です。
金融資産合計ではアメリカの足元にも及ばない水準でしたが、現金・預金では人口が3倍近くあるアメリカと相応の水準に達しています。
ただし、アメリカの成長に比べると、日本は成長が緩やかですね。1990年代にはアメリカの2倍の水準(!)だったのに対して、直近ではアメリカの8割程度となります。
2. お金が好きな日本人!?
各国で抱える人口は異なりますので、より公正に比較するために人口1人あたりの水準についても見てみましょう。
図2は家計の現金・預金を人口で割った1人あたりの数値をグラフ化したものです。
他の主要国と比較して、日本の圧倒的水準が目立ちますね。直近では7.5万$くらいで、他の主要国の2倍程度の高水準です。ちなみに、日本より上位の国はもちろんスイスとルクセンブルクです。
とはいえ、やはり1990年代の水準からして高すぎますね。その後の増加量としてみた場合は、他国とそれほど遜色ないのではないでしょうか。
つまり、現在の高齢層が過去に積み上げた水準は大きいものの、その後の世代ではそれほど大きく増えていないという事ですね。
他の主要国が30,000~40,000$のあたりに集中しているのが特徴的です。特に金融資産全体では少なめのドイツが、現金・預金ではアメリカやイギリスよりも多いというのも興味深いです。
3. 具体的な数値で比較してみよう
それでは、特徴的な年でもう少し数値的な比較をしてみましょう。
図3が1997年の水準を高い順に並べたグラフです。
家計 金融資産 現金・預金 1人あたり
単位:$ 1997年 26か国中
1位 44,288 日本
5位 16,204 ドイツ
6位 15,241 イギリス
7位 13,742 フランス
8位 13,255 イタリア
11位 11,463 アメリカ
12位 11,304 カナダ
平均 10,762
当時日本は平均値の4倍以上の高水準だった事になります。
ドイツの3倍近く、アメリカの4倍ほども日本の家計が現金・預金を持っていた事は驚きですね。
図4が2019年のグラフです。
日本はスイスやルクセンブルクに抜かれていますが、依然として圧倒的に高い水準をキープしていますね。
他国も軒並み水準が上がってきています。
家計 金融資産 現金・預金 1人あたり
単位:$ 2019年 36か国中
1位 109,166 スイス
3位 75,552 日本
6位 35,984 ドイツ
8位 34,082 イギリス
9位 33,631 アメリカ
10位 32,552 カナダ
13位 29,780 韓国
15位 27,533 フランス
16位 27,183 イタリア
平均 26,547
日本は平均の約3倍、ドイツやアメリカの倍以上です。
1997年と比較すると圧倒感は薄れていますが、非常に高水準です。
4. 成長率でも比較してみる
続いて、1990年代からの成長率でも各国の状況を比較してみましょう。
図5は、1995年を基準とした場合の、家計の現金・預金(自国通貨ベース)の成長率のグラフです。
日本は1990年代の水準が高かったこともあり、成長率は低いですね。ただし、この期間労働者の所得は低下しむしろマイナス成長だった事を考えると、当時の1.7倍にも増えている事は少し驚きの事実なのではないでしょうか。
他国はより高い成長率で増えている事も確認できます。
5. 日本人はお金を貯めこみすぎ!?
日本経済は停滞が続いているにも関わらず、日本の家計は何故こんなにもお金を貯めこんでいるのでしょうか?
図6は、2人以上の勤労者世帯の貯蓄と負債の変化を比較したものです。左が2002年、右が2020年です。
勤労世帯においては、貯蓄の総額は微増していますがそこまで大きく変わりません。一方で、特に若年世代で持家率が大きく増加したこともあり、負債が増えています。
勤労者世帯は世帯主の収入も減り、生活を切り詰めている傾向が見えます。
(参考記事: 持家増で節約志向を強める家計)
図7は世帯主の年齢階級別の、貯蓄額のシェアです。
2019年の時点で、70%以上もの貯蓄を60歳以上の高齢層が持っている状況です。残り30%弱を60歳未満の世代で分け合っているわけですね。
つまり、日本の家計は圧倒的に多い現金・預金を持っているわけですが、そのほとんどは現在の高齢世代が過去に稼いで貯めた分だという事になります。
これらの多くは、確かに相続によってその次の世代に受け継がれていくのかもしれません。
しかしよく考えれば、平均寿命が80歳を超える日本ですから、相続も高齢者(例えば80~90歳)から、高齢者(60歳以上)へと相続されるだけのケースが多いはずですね。
この場合、結局現役世代には回ってこず、高齢者間で引き継がれていくだけの滞ったお金になってしまいます。
一見豊かに見える家計も、内訳をみると世代間ギャップがこんなにもあるというのは驚きではないでしょうか。
現役世代は世帯主の収入が減り、社会保険料など非消費支出が増える中、共働きが増えて家計収入自体は増加傾向です。
世帯主の収入増と安定した就業という前提が崩れつつある中で、必要以上に節約志向になっている傾向も見てとれます。
これほど多くのお金を高齢層が持っているわけですから、これを積極的に消費に回してもらえるような魅力的なモノやサービスがあればもっと国内経済も活性化していきそうですね。
「老後2000万円必要」という言葉が話題になりましたが、老後の生活に対して必要以上に恐怖心を煽られ、国民全体が節約ばかりを考えるようになり、かえって経済を滞らせしまっている面もあるように思います。
大切なのは現在の高齢者が過去に稼いだお金を羨む事でなく、現在の現役世代が稼ぎを増やして、安心してより豊かに生活していけるようにしていく事ではないでしょうか。
そもそも、世帯主の収入が減って、雇用も不安定になりつつあること自体が異常事態です。
企業経営者が事業の付加価値を向上し、消費者でもある労働者の所得も上げていくという、「あたりまえだけど難しい事」に向き合っていく必要性を感じます。
皆さんはどのように考えますか?
編集部より:この記事は株式会社小川製作所 小川製作所ブログ 2022年4月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「小川製作所ブログ:日本の経済統計と転換点」をご覧ください。