「知識型→思考型の学校教育」は失敗すると思う

長男がまもなく6歳になり、来年から小学生になるタイミングで自宅に教育系のDMが届く機会が増えた。パラパラとめくっていると、「小学校では知識詰め込み型をやめ、思考重視型の教育へ変わった」という文言が目に入った。DMには「知力を高める新しい学び」「これぞ新世代の学習」との美辞麗句が踊り並び、「ぜひ弊社の教育プログラムを!」と続いた。知らない間に昨今の小学校では、プレゼンや英会話の機会を増やすカリキュラムになっていたようだ。

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結論から言えば、筆者はこの「進化」に懐疑的である。筆者は学校教育の専門家ではなく、あくまで独断と偏見による意見にすぎず、不正確な情報が含まれるリスクがあることを最初に付記しておく。本稿ではその根拠を展開することに挑戦したい。

知識を犠牲に思考を増やす?

最初の懸念は、思考の場を増やすと知識の量が犠牲になるということである。問題はその犠牲の程度がどのくらいになるのか?である(程度のほどは確認できなかった)。

自分が知る限り、この転換が起きたことで、学習時間の延長はない。そうなると、新しい施策の導入は、従来の施策とのトレードオフになることを意味する。つまり、小学校の段階で従来の学習法から転換するということは、発信する分量を増やす代わりに、知識量が犠牲になるわけだ。

トレードオフにおける意思決定は、新たな価値(思考訓練)が旧来のメリット(知識量)を上回る必要がある。確かに子供にとって思考の場を増やすメリットがある。自分の意見を積極的に出す経験は子供の時期に積んでおくことは良いことだ。しかし、知識のインプットを犠牲にするほどのメリットになるのだろうか?思考の訓練で高い学習効果を得るには、相当量の訓練と事前の知識インプットが必須になる。

インプットなきアウトプットは不可能

大前提として知識がなければ、思考は不可能である。知らないことは発信したり考えたりできない。これはどんな分野でもまったく同じだ。

この施策における「思考」の目的の多くは、資料作成やプレゼン、意思決定など何かしらの成果物を残すアウトプットだ。だが、アウトプットとはインプットした知識を出力する行為に他ならない。つまり、前提条件に「インプット(知識)」が必要である。知識を減らして、充実したアウトプットはできるのだろうか?どのくらい減らすのかは分からないが、受け取ったDM資料を見る限りでは、かなりドラスティックなレベルである印象を受ける。

アウトプットはインプットがなければうまくいかない。その身近な例として、英会話があげられる。「英語はアウトプットが重要だ!」と言われ、格安オンライン英会話が展開され、セブ島留学なども増えた。20年前、30年前とくらべて圧倒的に英会話は安く、身近な存在となり、アウトプットの学習環境は格段に良くなった。だが、その結果として、日本人の国際的な英語力は高まったという信頼のおける証拠は見つかっていない(その逆はある)。

日本人が英語を話せない最大の理由は、アウトプット量の前に「インプットの量も質も圧倒的に足りていない」からだ。英会話訓練をする「前」には、それに耐えうる分量の単語や話題がすでに頭に入っている必要がある。

アウトプット訓練は大学で増やすべき

個人的には、プレゼンやディスカッションなどのアウトプット訓練は、小学校ではなくむしろ大学でもっと増やすべきだという持論を持っている。

「海外の大学では発表の機会が多い~」という触れ込みをよく見るが、実際これは正しい。米国の大学では、どの授業でも宿題として膨大なリーディングの課題が出される。それをクラス外の時間に大量に知識をインプットした上で、講義の時間にプレゼンやディスカッションをさせる。インプットをしっかりした上で、自分の意見を発信するアウトプット訓練を行うので非常に有意義だ。

しかし、日本の大学の多くは講義スタイルが義務教育の延長のようになっているところが多いのではないだろうか。教師が一方通行で学生に知識を与えるスタイルは未だにある。学生は高い学費を払っている。メスをいれるべきはここの部分だろう。

また、アウトプットの必要性が生まれるのは多くの人にとって義務教育時期ではなく、むしろ社会に出てからである。就活、会議、資料作成、人事評価面接など、あらゆる場面において自分の意見を発信する必要がある。真に思考力が問われるのは社会人からである。かなり先になる出番のために、吸収力の高い小学生の時期に知識量を犠牲にするべきではないだろう。

誤解のないようにしたいのは、アウトプット訓練そのものがダメだと言っているわけではない。多感な子供にとって、みんなの前で発表する訓練はとても強い刺激になるだろうし、こうした経験は場数が重要なのでメリットもある。少しは出番を増やすのはメリットは大きいと思っている。だが、問題はその分量だ。アウトプット訓練を多くしたことで、従来の知識を犠牲してメリットが上回るか?問題の鍵はこの点にあるだろう。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。