ウクライナ:常識の10の嘘と怖い落とし穴

ウクライナ紛争においては、世界でも日本でも言論界のみならず、実務の世界でも極論が幅を利かし、それが第三次世界大戦の現実的可能性を生んだり、オイルショックやコロナ禍以上の経済危機を引き起こしたりという馬鹿げた状況だ。

あらゆる国際紛争はだいたい、どちらかが全面的に悪いなどということはない。互いの言い分にそれなりにもっともな部分があるから火を噴くのである。

また、歴史を見れば長い平和をもたらした政治家が良心的な行いで知られた善人とは限らず、卑劣な手段を使った悪魔のような人物だったことの方がむしろ多いかもしれない。だから、今回も「ワルよりバカのほうが危険」と私はいっている。

いずれにせよ、極端な議論は、妥協を遅らせその間に多くの人命が失われ、経済的損失も増大する。

橋下徹氏と篠田英朗氏の激論も、それぞれ仰っていることは興味深いしそれぞれ真実を含んでいるが、あまりかみ合っているようにはみえない。

私は日本とフランスで官僚としての訓練を受け、ソ連崩壊の時期には当時の通商産業省の指示でパリでヨーロッパ諸国の動きの調査やある種の工作をやっていたし、ヨーロッパ史(「日本人のための英仏独三国志」)や憲法問題(「誤解だらけの平和国家・日本」)について何冊か著書もある。

しかし、私は自分の土俵の価値観で別の立場の人の見方を全面否定などする気はない。ただ、私の知識経験からして、こういうことは知っておいて欲しいと思うことを書いてきているが、炎上したり、不本意な喧嘩に巻き込まれることも多いので、完全にオープンな場では書きにくい問題は、「Facebookでは書けない話」というメルマガに連載するようなこともしている。

そこで、最近、「ウクライナ紛争:常識の10の嘘と怖い落とし穴」という記事を出したところ、池田信夫先生からアゴラにも出したらとお薦めいただいたので、ほぼ同じものを提供させていただく。

なお、最後の「ウクライナの論理を支持することは日本にとって天に唾するものであることが多すぎ」の部分は、加筆してアゴラの別の記事にしたいと思っている。

私のウクライナ問題についての基本的立場

ウクライナ問題について、私はロシアの侵攻は違法であり、また、欧米との同盟関係維持の為にも、制裁にほぼ同調することに賛成だが、一方で、欧米やウクライナのいうことを100%肯定するとか同調するべきでなく、ロシアの言い分も公正に理解し、仲介の労をとることが、世界のためにも、日本自身の直接の国益のためにも、隣国としてのロシアとの関係を維持するためにも必要だという立場だ。

ところが、現在の日本の世論の大勢は、ウクライナや英米の一方的なプロパガンダに影響されすぎて、公正とは言い難いし、日本のためにもならないことも多い。報道についていえば、欧米でも仏独など大陸諸国のものはだいぶニュアンスが違うし、中立的なアルジャジーラとかアジア諸国のものはさらに違う。

そこで、少し軽く読めるように、10のポイントを分かりやすく提示してみた。読者がこの問題を冷静に考える土台になれば幸いだ。

プーチン大統領(クレムリンHPより)・ゼレンスキー大統領(同大統領Fbより)

➀国際法や国連への期待に過大に期待すべきでない

国際法は正義を守るために有益ではあるが、それを強制する手段は不十分である。片方が無条件降伏でもしない限り、関係者の処分など現実的でないことが普通だ。

アメリカもパレスティナ問題について、イスラエルの明確な侵略や国際法違反すら支持しているし、安保理で拒否権を行使している。国際刑事裁判所の条約にも自分たちが処罰されることを避けるため加盟してない。

国際法秩序は現在、西欧主導なので日本などにとっても信頼できるが、いずれは、中国などに主導権を奪われる可能性が強い。その時も同じように権威を認める覚悟はあるのか?

②経済制裁で崩壊する国はない

北朝鮮をはじめ、厳しい経済制裁を受けたからと言って国家は崩壊しない。食料もエネルギー資源も豊富なロシアが簡単に降参すると思うのか?一方、現在の経済制裁は制裁する側の打撃を軽視しすぎで工夫が足りない。むしろ民主主義国のほうが政治的に不安定になりかねないし、発展途上国ではウクライナの戦場より非人道的な状況が生じるだろう。

③核兵器の先制使用は米国も日本も否定してない

五大国のうち中国のみが核兵器の先制不使用を宣言しており、しかも、日本や欧州主要国は米国が不使用を宣言することに反対している(北朝鮮やイランへの予防措置が念頭)。他方、核保有国が追い詰められたときには、核兵器を使用することが認められている。それを前提に議論をしないと現実の状況の理解に役に立たない(ロシアを追い詰めて暴発したときにロシアだけが悪いといっても無意味だ)。

④プーチンは酷いワルだがバカではなく無私で冷徹に国益優先している

プーチンは精神錯乱だとか病状が重いとかアングロサクソン・メディアはいうが、通常の老化以上にとくにそういう兆候は感じられない。また、プーチンが私益を優先しているという根拠はない。むしろ、プーチンは冷徹にロシアの国益を追求して屈しない強さを持つから厄介なのだ。ビスマルクなどと同じく合理主義者なので、分かり安い交渉相手でもあるのだが、バイデンはバカだし、ジョンソンは自分の地位しか考えないし、ゼレンスキーの権力基盤は弱いから交渉が出来ていない。

⑤ソ連の悪行や野蛮さはロシアもウクライナも同じように引き継ぐ

ソ連はロシア人が他民族を支配する国ではなかったし、利得はロシア一人占めでなくウクライナはむしろ優遇されていたし、悪い伝統もウクライナも同じだといっても分からない人がいる。北方領土住民もウクライナ系が多数派だし、満洲で日本人に乱暴したなかにウクライナ人が少なかったわけでない。粗っぽいのはむしろ南の方の人たちともいわれる。フルシチョフやブレジネフはウクライナの人で地元へのお手盛りで優遇されソ連崩壊時にはロシアより豊かだった。

⑥ロシアの残虐行為への評価は中立的な機関や人によってされるべき

ロシアがブチャなどで残虐行為をした可能性は高いが、中立的な検証はされていない(欧米は中立的な立場とは言えない)。全体的な規模は大きいのか?ウクライナ側により偽装はないのか?ウクライナも人間の盾?ロシア支持者への不適切行為、アゾフ軍団などによる残虐行為などなかったのか不明。

対露交渉で和平派だったメンバーが裁判もなく異様な射殺された事件もあったほどで、ウクライナ政府や軍がロシアと違って人道的とは想像しがたい。

⑦NATO拡大は欧米の勝利とは限らない

ウクライナ、スウェーデン、フィンランドなどがNATOに加盟したらNATO側の勝利でロシアの敗北なのか?これまでは戦争に巻き込まれるのが嫌だったから仏独が阻止してきたし、加盟申請側も加盟前もあともかえって攻撃されるのが怖かったからだ。加盟するとかさせるとかは、そういうリスクを覚悟でのことで、欧米や加盟したい国に平和をもたらすかどうかは相当に危険な賭けである(スウェーデンは伝統的な中立政策、フィンランドは戦後秩序の一環として加盟申請してこなかったがその放棄はかなりの危険を冒すものでもある)。

⑧ウクライナのEU加盟や難民はEUに深刻な打撃

ウクライナの一人あたりGDPはEU最低のブルガリア(ロシアと同水準)の三分の一。東欧諸国ですらEUにとってお荷物なのに、どうしようもない落第生のウクライナを入れたら、二千万人くらいの移民が西欧に押し寄せてきかねない。いま逃げてきた難民だけでも500万人以上。どうやって帰国さすのか見当もつかないし。むしろ家族(いまは男性は出国禁止)を呼び寄せかねない。

⑨長期の平和維持は安定した勢力均衡のもとでこそ実現する

歴史を鑑みれば、安定した平和は国際法や正義以上に、大国間の安定した勢力均衡で実現する(キッシンジャーはメッテルニヒやビスマルクを模範という)というのは、かなり真実だ。欧米はロシアが安心する国際秩序を提案してこなかったし、いまもそうだ。アジア太平洋では、日本もAPEC以来、中国を入れた秩序を提案してきた。TPPも中国も排除していない。ウクライナやジョージアまでEUやNATOに入れる一方ロシアは排除し納得できる関係を提案しないならロシアが我慢できないのは当然だ(トルコの立場も同様)。

⑩ウクライナの論理を支持することは日本にとって天に唾するもの

ウクライナの主張は、しばしば、日本に対する韓国・北朝鮮・中国や、本土に対する沖縄の立場に似ている。ウクライナの論理を肯定することは、日本の歴史認識、とくに保守派のそれを否定してしまうのだが、それを意識しない脳天気な保守主義者は大丈夫か?(詳しくは次回)