ウクライナ解説で防衛研究所の突出したテレビ出演を懸念

中村 仁

防衛職員が連日のコメンテーターの異様

ロシアのウクライナ侵略の報道で、連日連夜、防衛研究所のスタッフがテレビ番組に登場するのを見て、「ジャーナリズムの一環に食い込んでしまったようで、やりすぎではないか」と、思ってきました。国家・国家機関とメディアは適度の距離を置いた存在でならなければならないのです。

防衛研の存在は知る人は知っていても、私を含め、多くの人々は「そんな研究所があったのか、しかも防衛省の一組織とは」でしょう。防衛省側に「この際、防衛研の名前を売り込みたい」という明確な方針がなければ、国家公務員が専属コメンテーターのように連日、メディアに登場できるはずはありません。

防衛研究所Twitterより

ウクライナ情勢、ロシア包囲網の現状、推移、展望は国民、経済社会の最大の関心事です。防衛研の情報取集活動と分析は不可欠な任務です。日本には大小の研究所があっても、ウクライナ戦争に特化した情報を提供できるところはまずないでしょう。ですからメディア、特にテレビにとってありがたい存在なのです。

防衛研の前身は1952年設立の保安庁研修所で、1985年に防衛庁防衛研に改組されまたから、今年が創設60周年です。防衛省のための安全保障政策のシンクタンクであると同時に、自衛隊の幹部養成のための教育機関です。「所管防衛省、組織形態は防衛省施設機関」であり、2010年に閣議決定された中期防衛計画整備計画では「防衛研究所の研究、教育期機能を充実させることを図る」ことになりました。

つまり名前が研究所であっても、防衛省そのもの、国家そのものです。そこの職員が連日、テレビのコメンテーターとして「送りこまれている」か「組み込まれている」ことに、メディアも問題意識を持つべきだと思うのです。メディアが知らぬ間に「国家の論理」に歩調を合わせる結果を招くことになりはしないか。

ロシア、ウクライナ情勢を軍事的な側面を含めてリアルタイムで解説できる人は、日本の場合、民間シンクタンク、大学教授などにまずいないでしょう。橋下徹氏のいう「ウクライナの全面降伏」「ウクライナ人の国外退避」は、ウクライナの悲惨な歴史、現在のウクライナの強靭な抵抗力も知らない素人発言です。テレビの「ショー」だからといって、許されないし、その後のウクライナの善戦には目を見張ります。

そのため、NHKは毎日のように防衛研政策研究部長の兵頭慎治氏に常任解説者のようにテレビ出演で戦況を語らせてきました。テレビ朝日の報道ステーションでも兵頭氏は登場し、ほかも合わせると、防衛研の山添氏、高橋氏がコメンテーターとなっていました。研究スタッフが85人しかいないのに、テレビに異様な露出を続けていたら本業がおろそかにならないだろうか。

もっとも防衛研も、入手している情報は恐らく、米欧の政府・国防部署からの情報が主でしょう。中国、台湾、南北朝鮮ともなれば、自前の直接情報は当然、持っている。それに対して、ロシア、ウクライナ情勢では欧米流の思惑が背景になった情報に日本が多大な影響を受けることになりかねないのです。現在は「民主主義国の結束」「一方的に悪いプーチン大統領」ですから、皆、疑いを持たないだけのことです。

欧米経由であっても、防衛研究のリアルタイムの戦況判断、将来の見通しを知ることには価値があります。防衛省側のそういう思いでしょう。そうであるのならば、毎日、防衛研のスタッフにブリーフィングをしてもらう。ホームページに掲載する道もある。その見解をメディアは防衛省のものとして伝えればよいと思う。

英米系の情報にしても、当初は「首都キーフにあと○○キロに迫る」といったのが定番で、最近は「膠着状態は数週間から数か月かかる」に一変しています。戦況は刻一刻と変わるし、西側の支援も変わる。露軍の戦意も変わるし、露大統領自身が露軍の戦闘能力を見誤っていたことも分かる。仕方がないにしても、防衛研のコメテーターも見通しを相当、読み違えていたでしょう。

残念に思うのは、防衛研と一体化してしまったようなテレビ報道、メディア報道の是非についての議論が聞こえてこないことです。将来、中台、北朝鮮問題がきな臭くなってきたら、直近の情報を握っているのは防衛省、外務省ですから、これらについても、「政府とメディアの一体化」が進む道が開かれた。

日本の近隣諸国の政治、軍事情勢に対する国民社会の感じかた方は、ほぼ一つにまとまっているロシア・ウクライナ戦争とは全く違うものになる。NHKや民放は、国家・国家機関とメディアはどのよう関係であるべきかについて、メディア論を語る義務がある。テレビやメディアに国家関係者が常連のコメンテーターとして出演して、戦況分析などを語るようになるのだろうか。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年4月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。