先日アゴラに、なぜウクライナ侵攻はロシアが悪いかについて投稿した。今回はそれに関連して日本の国益の一つについて考えてみた。
ロシアはウクライナ侵攻への制裁を行う日本に、日本との平和条約締結交渉を中断すると言い出したらしいが、ウクライナには悪いが、私はこのロシアの侵攻によって、北方領土返還についての可能性が少しだけ高くなったと思う。
誤解しないでほしいが、ウクライナ侵攻があってよかった、と思っているわけではなく、今までの日本の愚策を改めるきっかけとなりうる出来事だといっている。
※北方領土についてはいろんな意見があるが、とりあえず4島とする。樺太や千島はここでは考慮しないが、日本の施策としてはこの地方にも影響を与えるべきである。
私は以前から北方領土に対する日本の経済支援について、おかしいと感じていた。あんなことをしてソ連(以降、ロシアと読替えてもかまいません)が返してくれると本気に信じているのだろうか、と。
返還については、ソ連の方針と住民の心の二つを日本に向けなければならなかったはずだが、過去の日本の施策はそのどちらにも反していたのではないか。
不法占領して獲得した土地を、不法占領された国が金を出して整備してくれるなんて、なんと素晴らしい(お人よしの、バカな)国なんだろう、という理解以外のことを、ソ連政府もその住民も考えるとは思えなかったのである(ソ連以外でも日本以外は考えなかっただろう)。
住みやすい土地になったのになぜ他国(=日本)に返さなければならないのか、他国(=日本)の住民にならなければならないのか。誰でもそう思うと思うが、どうも日本の政治家やマスコミはそう考えないらしい。
なので、北方領土への経済支援は、返還してほしいという目的にとっては「世紀の愚策」だったと思っている。仲良くなりたいだけならいいが、仲良くしたら返してくれるなどと思うのは、子供や左翼は別として、大人の政治家ではない。
ビザなし訪問できたと元島民が喜ぶことと、返還がされることと、どちらが大事なのか、ということである。
日本政府の取るべきであった政策は、北方領土の開発を可能な限り徹底的に妨害し、開発しようとする海外資本があれば日本国内での業務を認めないなど、さびれた状態のままにして置くべきだったし、返還された暁には軍備に使わないかぎりシベリアへの超大規模な投資協力を行う、と折に触れ宣言しておくべきであった。
北方領土の維持に金がかかるから日本に引き取ってもらい、その代わりシベリアを発展させよう、とか、住民の気持ちもソ連ではなく日本国民になっていい生活がしたいと考えさせるような対策をすべきだったと考える。
建前は領土に金を払うとは言えないので、領土返還の代償にお金を給付する、とは間違ってもいえないが、はっきり言って戦争以外では金で買わなければ帰ってはこないだろう。平和条約を結ぶのであれば代償とは明言してはいけないが、別のシベリア開発などの理屈をつけて、(あくまで後払いで)買えばいいじゃないですか。間違えてはいけないのは先払いではなく、後払いであるということである。先払いで返ってこないのは今までの施策を見ればわかる。
北方領土住民に罪はないから彼らも豊かにして相互理解しよう、という考えも悪手であったと思う。理解したからといって他国民になりたいとは思わないだろうし、生活向上は占領したソ連の責任であり、日本に返還される方が住民のためにもなる、ということを示すことこそが返還につながったはずである。
当時からそういう施策であれば、北海道の漁業関係者なども困ることになったであろうし、我々もおいしい海産物を食べられなくなっていただろうが、北方領土が自国の領土だと主張するなら、この線で可能な範囲で我慢するしかなかったと思う(政府は別の道民振興策を行うべきであった)。
残念ながら今となっては、すでに開発が進んでいて、維新の誰かが言っていたように戦争以外では返還されない状態になってしまった。ソビエト連邦崩壊後、しばらくまでがチャンスであったと思うが、日本政府は私が述べたような政策を取らなかった。
※この維新の会を除名された人の発言は、普段の行動などは別として、ことこの部分、つまり「戦争以外の手はないのではないですか」という発言は正しい。「戦争しよう」とは言っていないのだから。しかもその除名した維新の大物に北方領土支援の立役者がいるのだから、いやはや・・・。
・・・とここまで書いてきて、ひょっとすると日本政府は返してもらいたいのではなく、本心では、どうせ返ってこないのだから、「不法占拠」といいつつ若干の弱みをソ連に認識させて支援することで、安全に海産物を採りたい、シベリア開発の恩恵を欲しい、ということではなかったのか、と思い始めた。それならこれまでの日本の活動も理解できるが、そうではないことを願いたい。こういう方向の考え方に立てば、ロシアへの過度な摩擦を避け相互理解を深めるべきだという主張も理解できる。
ところが、今回のウクライナ侵攻で西欧がようやくロシアの制裁に本腰になりだした。これは北方領土返還にとっては、奇貨である。ウクライナの人には悪いが、ようやくこれまでの愚策を変更できるチャンスができたのではないだろうか。
今まで日本だけでロシアの北方領土開発を阻止しようとしても難しかったのが、欧米のロシア制裁によって、ロシアの国力や欧米によるロシアの開発投資を北方領土に回せなくなるということである。日本はこんな千載一遇の機会を逃す手はない。
今回、ロシアにより発表された、日本との平和条約締結交渉を中断するという意思表示を逆手に取り、日本はロシアがそういうなら「残念ながら」これまでやってきた北方領土の開発を今後は全力で阻止する、と宣言すべきと思うがいかがだろうか。まさしく、あなたがそういうなら今までの方針を変更してこっちも考えるぞ、というのである。
当然ではあるが、返してほしいなら漁業交渉など不利になるし、海産物や木材製品他輸入しにくくなる、付近の海域も不安定にはなるであろうことは覚悟しないといけない。返還とのトレードオフは様々なところで生じるだろう。特にこれまで開発や友好と引き換えに権利を得ていたのだから大きな影響はあるだろう(もちろん漁業関係者など権利を得ていた人に罪はなく、政府の施策の誤りであるので補償は大事である)。
そんなことをして返還されなかったら損をするのは日本だ、という声が聞こえてきそうだが、そういう人は、そんなことすらしない日本に本当に領土が返還されると思っているのだろうか、とききたい。返還してほしくないなら迎合すればいい、返還してほしいと思うなら、可能性の高いことに舵をきるのは当然だろう。
ウクライナの大統領が国会で演説したが、日本政府はその前にロシアに伝わるようにしながらウクライナ大統領に対して、ウクライナ出身者の多い北方4島の住民について、領土返還後は、日本国民として優遇し日本人との同化を徹底支援する、希望すればウクライナへの帰還を全面援助する、くらいのことを言ってほしかった。
大局的にはシベリア開発をうまく進展させないことで北方領土に金を回せなくすることが必要なので、少なくとも、欧米が樺太をはじめとするシベリア開発を中断する状態を継続させる努力を日本はすべきであり、制裁が終わっても欧米諸国に対し日本の立場を説明し、シベリア開発への援助は可能な限り遅らせるように働きかけるべきであろう。当然、制裁終了後も欧米による北方領土への直接投資は断固拒否するべきである。
同時に、北方領土の住民に対する広報を拡充し、不法を働くロシアにいるなら制裁の続くロシアでの生活はよくならず、日本に吸収された方がメリットがあるという、日本返還という課題への関心をもっとインプットすべきである。
そういう意味では、サハリン2については、開発中断が望ましいが、他国にとられるというなら、のらりくらりとしておき、その間にできるだけ脱ロシア化を進めるべきである。
欧米の制裁は資源大国のロシアからの輸出を減らす方向もあるので、日本のこの対策は矛盾しないはずである。うまくいけば領土返還の交渉という点についてはソビエト崩壊後の状態に近づけることができるかもしれない。
もちろん、北方領土に関係すること以外はロシアとけんかする必要はないので、国際社会の制裁終了後は、それなりに仲良くやればいい。媚びへつらうのではなく、あくまで北方領土返還のためにはシベリア開発否定を含め日本は全力で行動するが、それ以外では友好的に付き合う、と対立点を明確にして付き合う(日本の欲することを行動でも言論でもわからせる)ことが真の相互理解に立った外交だと思う。
ロシア制裁は、一面では大国の武力による現状変更は高くつく、とロシアに認識させるいう側面があり、それに日本も参加すべきと思うが、日本はこれを国益に照らしうまく活用し、北方領土の返還交渉で優位に立つべきである。
ロシアが疲弊してきたら、制裁の効果があったと考えて、日本から平和条約を持ち出して、返還交渉を始めよう(ロシアに売る気にさせてお金で買いましょう、状況によっては4島以上も返ってくるかも)。
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田中 奏歌
某企業にて、数年間の海外駐在や医薬関係業界団体副事務局長としての出向を含め、経理・総務関係を中心に勤務。出身企業退職後は関係会社のガバナンスアドバイザーを経て現在は隠居生活。