日本はロシア産原油やLNGの取引を止めるべきなのか?

日本はロシアとの共同事業として樺太の北部でサハリン1の原油事業とサハリン2というLNGの事業を展開しています。樺太北部から南端までパイプラインが敷設され、そこから日本をはじめ、東アジアに輸出されるという仕組みです。

このサハリン事業をめぐり、欧米がロシアとの取引停止を次々と打ち出す中、日本はどうすべきなのか、という議論はあまり目立っていませんが、存在します。これは非常に繊細な議論を要すると考えています。私は3月8日のブログで安易な撤退は中国を利するだけとし、事業継続の意見を述べました。当時はウクライナ侵攻が始まって2週間程度の頃でしたが侵攻から2か月以上たち、世の中の情勢もずいぶん変化してきた中でもう一度取り上げてみたいと思います。

Leestat/iStock

サハリン1の原油事業は主にエクソン30%、日本30%、インド20%、ロシア20%の持ち分で展開しています。うち、事業を主導しているエクソンが撤退表明をしており、1-3月期決算で4400億円規模の損失計上をしたと報じられています。但し、インターファックスの報道によれば同社が主導する事業だけに同社なしでは安全や管理上の問題があるので引き続きその点は関与するとしています。同社の持つ権益を欲しい人はいくらでもいるでしょうが、現場実務に長けた会社となると候補は少ないでしょう。

日本の持ち分30%の権益は5割を経済産業省が、残りを民間企業4社(商社は伊藤忠と丸紅)が持っています。

サハリン2のLNG事業はロシアが50%プラス1株、つまり過半数を持ち、残りをシェル、三菱商事、三井物産が所有しますが、シェルも撤退表明をしています。シェルは既に中国国営企業の中国海洋石油集団、中国石油天然気集団、中国石油化工(シノペック)と初期交渉ステージにあるとされます。

日本への輸出という観点からするとサハリン1の原油は中国と韓国向けが主流で、日本への恩恵はどちらかと言えばサハリン2のLNGであります。

ビジネスベースで日本がサハリン2から簡単に撤退できないとする理由は多くの日本企業がサハリン2のLNGと長期契約を結んでいるからで安く安定した供給を受けられるからです。例えば最新号の日経ビジネスに東京ガス社長のインタビュー記事がありますが、その一節にはこうあります。

「経営者としては、ロシアへの制裁目的でサハリン2からLNG調達をやめるなんて簡単には言えません。LNGの長期契約には一般的に『テーク・オア・ペイ条項』が盛り込まれているからです。長期契約したからには、LNGを一定量引き取る義務があります。買い手の都合で引き取らない場合は、その分を金銭で支払うことが求められます。もしサハリン2からの調達を一方的にやめてしまったら、日本のエネルギー会社はバタバタと倒れるでしょうね」と。

東京ガスはそれでもサハリン2への依存度は全体の1割とされ、九州電力や東北電力もその程度の依存度です。しかし、東邦ガスは2割、広島ガスにおいては5割もの依存となっており、「日本のエネルギー会社はバタバタと倒れる」のはまんざら大げさでもないのかもしれません。

では代替先はあるのかといえばそう簡単ではありません。また、原油やガス取引の場合、長期契約が肝で、いわゆる単発買いであるスポット取引だと現在100万BTU当たり50ドルで、それは原油価格に直せばバレル350ドルと同じ(東ガス内田高史社長)ということになります。つまり、サハリンの撤退は日本経済には大きな影響が出ることは確実です。

一方、欧州はロシア産石油からの依存脱却を決め、年内にも「さようなら」をするという声明が出ていますが、これを強行するにはアメリカやサウジをはじめ、世界中の協力の枠組みがないと体制を整えられないでしょう。つまり、今の原油、ガス価格の高騰は始まったばかり、ということにすらなりかねないのです。日本政府も必死でガソリン価格抑制に努力していますが、そんなレベルでは収まらなくなる公算すらあり得るのです。原油ガス世界争奪戦が起きる可能性でしょうか?

ならば日本政府や出資企業、関連企業が口そろえて言うようにサハリンからの撤退は賢明ではないという発想は正しいと言えます。もちろん心情的に「冗談じゃない、ロシアのモノなど買えるか!」という気持ちもわかります。しかし、日本は欧米と違うという点を理解する必要があります。

まず、欧米主導という言葉の中に日本が入るのか、であります。個人的には戦前ニッポンのような意味合いではなく、西側諸国と共に歩めるアジア地区の経済リーダーの一角にすぎません。アメリカは資源、食糧、人口、経済規模を完備しています。欧州も国の数が集まっているのでどうにか助け合いが可能です。しかし、日本は孤独だということを認識すべきです。地政学的にも欧米とは距離があります。ここは分けて考える必要があり、安直な欧米との協調路線とは言えないと思うのです。

もう一つは日本と中国の関係を考えた時、日本の撤退=中国の進出という等式となる点です。つまり、シーソーの関係です。日本が守るべきは何か、と言えば日本の権益の維持や成長拡大とロシア、中国、北朝鮮にみられる権威主義の排除と民主化の推進であるならばサハリンをコントロールするぐらいに攻める必要があると考えています。撤退が企業ガバナンスにとって必ずしも正しいわけではないというコンセンサスを作る必要もあると考えています。

この問題は簡単な議論ではないでしょう。ロシア産などなくてもできる、代替を探す努力をしてないじゃないか、という声もあるでしょう。しかし、批判をするのは簡単ですが、実務ベースではこれほど困難な作業も少ないと思っています。ただでさえ不和で経済の先行きが見通せない中、進んで不安要素を作る必要はない、というのが私の考えです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年5月4日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。