インドへのロシアの影響力をどう切り崩すか(長尾 賢)

MattiaATH

上席研究員・ハドソン研究所研究員 長尾 賢

2022年5月9日、ロシアでナチスドイツに対する戦勝記念パレードが行われた。近年、ロシアでは、この日に愛国心を高めると同時に、軍事力を強くアピールする傾向がみてとれる。実際に、ロシアの外交は、軍事力に基づいている。ロシアのウクライナへの侵略に対する反応は、それを顕著に示した好例である。

3月、国連総会でロシアを非難する決議に対する採決が行われた。ロシアの明らかな侵略に対し、141ヵ国が決議に賛成する一方で、5ヵ国が反対、35ヵ国が棄権、さらに12ヵ国は無投票であった。反対・棄権・無投票だった国々は、中国、ベトナム、中央アジア諸国、アフリカ諸国など、ロシアと軍事的につながりの深い国々である。ロシアが長年、軍事力によって作ってきた関係が、如何に影響力の強いものかを見せつけたものであった。

その中で、特にインドの行動は、注目を集めた。近年、インドは中国対策の要として、日米豪印戦略対話(QUAD)をはじめ、西側諸国との関係を深めてきた。それにもかかわらず、インドは、ロシア対策に対しては、西側諸国と協力しなかったのである。

インドにとって、ロシアは、軍事的に重要なパートナーである。特に武器を通じた関係はとても深い。インド軍が装備する戦闘機や戦車といった、戦闘の前面に立つ正面装備の大半が、ロシア製である。武器は、高度で敏感なものであるが、乱暴に扱う。だから専属の整備部隊がいて、常に修理して使うものである。だから、修理部品の供給が欠かせない。また、弾薬を使う場合、弾薬の補給が必要だ。だから、インド軍がロシア製の武器を配備しているということは、ロシアからの修理部品と弾薬の供給に依存する。

しかもインドの場合、武器の稼働率は約半分、つまり、武器の半分が修理中である。だから、大きな軍事作戦をする場合には、ロシアから修理部品を供給してもらわないと、武器の半分は動かないということだ。

さらに、インドにとって大事なのは、ロシアが、最新型の武器やその技術を提供してくれることだ。超音速ミサイルの共同開発や原子力潜水艦のリースなどが行われている。

このような関係があるので、インドはロシアを刺激したくない。国連総会でも、国連安全保障理事会でも、日印首脳会談でも、ロシア非難しないのである。ウクライナのキーウ近郊で、ロシアによる戦争犯罪が明るみになったときも、戦争犯罪の行為そのものは非難したが、ロシアという名前を出さなかった。ロシアが価格を下げたので、インドはロシアからの原油の輸入を増やしてすらいる。

最近では、ウクライナ難民を支援するため、国連の物資をインドにある倉庫から運ぶ際、日本が自衛隊機の使用をインドに打診したら、民間機にしてほしい、と拒否してきた。インド自身もウクライナ難民に対する人道支援はしているのだから、自衛隊機を拒否する必要はないように思う。しかし、インドの態度は、自衛隊機は軍用機だから、それが繰り返し、インドから飛び立ってウクライナ周辺国に向かって飛ぶことは、ロシアを刺激すると考えたのであろう。

このようなインドとロシアの、武器を通じた関係は、QUADとの関係を揺るがしかねない影響が出始めている。アメリカのジョー・バイデン大統領は、演説で中国とインドを名指しで非難し始めている。自衛隊機の着陸を拒否された日本も、嬉しくない。最悪の場合、日印関係は、米ソ冷戦の時代に戻ってしまうかもしれない。冷戦時代、日本とインドは、お互いほとんど無関心であった。

しかし、日本の国益という観点からすると、このような状態は好ましくない。そもそもQUADという枠組みを提唱したのは、日本の安倍晋三首相である。日米豪印で組めば、中国は、日米豪といった太平洋側だけではなく、インド向けに軍事費を割かなければならなくなる。日米豪としては、中国とのミリタリーバランスを維持するのに、インドとの協力が有用だ。実際、2020年、印中国境では、印中両軍が衝突し、インド側だけで100名近い死傷者が出ているのである。だから、対中戦略としてQUADの協力関係は重要である。今、壊してしまえば、それで喜ぶのは中国であって、日本ではない。

だとすれば、どうしたらいいか。筆者は、最近、インドで行われた大規模な国際会議ライシナ会議に参加する機会を得て、そのヒントを見つけた。このライシナ会議は、今年はフォンデアライエンEU議長をメインゲストに、インドのモディ首相、日本からは山崎統合幕僚長も参加した会議である。

筆者は発表者で、同じセッションの発表者は、米アン・ニューバーガー国家安全保障会議大統領副補佐官、米リンゼー・フォード・南アジア・東南アジア担当国防次官補代理などであった。フォード氏は直前に予定が変わって発表者ではなくなってしまったのであるが、会う機会はあり、それ以外にインドの外相、外務次官、国防次官、陸軍参謀長と直接会う機会もあった(私のセッションはこちら)。

興味深いのは、この会議におけるEUの対応である。EUはこの会議にフォンデアライエン議長をはじめ、非常に大規模な代表団を送り、席を埋め尽くし、その人数でインドを褒め称え、強い存在感を発揮していたのである。ロシアの存在感は明らかに圧倒されていた。

私は2020年にもこの会議に招待されているが、この時は、名簿で、私の次にあったのはロシアのラブロフ外相であった。しかし今年はラブロフ外相の姿はなく、EUの大代表団に比し、ロシアの発表者は、公開セッションでたった1人、サイドイベントに3人の、計4人しかいなかったのである。

ここからわかるのは、EUがインド説得の方針を変えたことであった。EUも、インドに対ロシア非難に加わって欲しい。しかし、それを言っても、インドが反発して、EUと関係が悪化し、むしろロシアが喜ぶだけだ。だから、EUは、かわりに、インドを褒め称えることにした。国際会議からすると、ハイレベルのゲストがたくさん来てくれるのは、大歓迎である。そこで、EUはハイレベルのゲストの大群を送り込み、皆でインドを褒め称えながら、会議からロシアを圧殺しようとした。

日本の対中政策にとっても、インドは必要である。日本も、インドを無理に説得するのではなく、むしろ褒め称えながらインド国内からロシアの影響力を排除することが求められよう。ロシアの影響力が武器に基づくものならば、日本も積極的にインドに武器を売り(例えば中古の輸送ヘリなど)、ロシアの影響力を排除するのがいい。日本の長期的な「微笑み外交」が求められる。

長尾 賢
1978(昭和53)年 、東京都生れ。2001年、学習院大学法学部政治学科卒業。自衛隊、外務省勤務の後、学習院大学大学院においてインドの軍事戦略を研究し、博士号を取得。2012年4月より海洋政策研究財団研究員(兼務)。2013年4月よりJFSS研究員、学習院大学非常勤講師(兼務)。現在、JFSS上席研究員、ハドソン研究所研究員、未来工学研究所特別研究員。専門は安全保障、インド。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2022年5月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。