プーチン演説の凄みと冬将軍を待つロシアの怖さ

NHKより

ロシア人の心を揺さぶるプーチン演説の迫力

ロシア戦勝記念日(9日)でのプーチン大統領の演説は、英米や日本のマスコミで流布された「戦争宣言」も「勝利宣言」もなく、この戦争をナチスによる攻撃に耐えた大祖国戦争という防衛戦と位置づけ不屈の忍耐を呼びかけるものだった。(プーチンの演説全文はNHKのホームページにある)

三浦瑠麗氏など「戦勝記念日で弱気スピーチで過度のストレス状態は間違いない」などといっているが、この内容に心を動かされないロシア人は僅かだろう。プーチンの健康状態もとくに悪いとは見えない。それよりはバイデンの衰えを心配した方がいい。そして、守りに立ったロシア人は強い。絶対に嘗めてかかっては地獄が待っている。

舛添要一氏は「愛国心を高揚させられたロシア国民と西側国民との認識の溝は深い。停戦の見通しは立たないと米国を中心とした西側諸国とロシア国民の間の認識に大きな違いがあり、戦争が長引く」という見解を示したそうだが、公平な観察だろう。

演説の内容について、西側のマスコミは「歴史の捏造」とするが、西側の見方は違うが、ロシアの立場からすればそういうことなのだろうというだけのことだ。

ウクライナ政府を「ナチス」呼ばわりすることは、ナチスの定義の問題だ。イスラエルはもちろんドイツでも、極端な民族主義で暴走したナチスに喩えられるかどうかの判断基準としていちばん大事なのは、ユダヤ人に対する蛮行に似たことをしたかどうかだが、ロシア人にとっては、ソ連に攻め込んで3000万人もの死者を出した侵略やそれへの協力に似てるかどうかで、これまでも定義がそもそも違うのだからどちらが正しいともいえない。

プーチンが演説でいっていることは、ロシア人の大多数にとっての常識に沿ったものであって、それを前提に論じるべきだろう。

つまり、キエフ占領とウクライナ政府の瓦解というベストの目標は失敗したが、それができなかった場合には、ウクライナの中立化や軽武装化とか、ウクライナの分割と言った次善の目標にとりあえず切り替え持久戦に入るということだろう。

そして、都合が悪いことに、守りに立ったロシア人は強い。繰り返すが、絶対に嘗めてかかっては地獄が待っている。

そうして、ドイツ騎士団(文化でいうとエイゼンスタインとプロコイエフの「アレクサンドル・ネフスキー」)もポーランド(「ボリス・ゴドノフ」)もスウェーデン(リスト交響詩とチャイコフスキー歌劇「マゼッパ」※)もナポレオン(「戦争と平和」や「1812年」)もヒトラー(ショスタコービッチの「レニングラード」。映画「スターリングラード」)も撃退してきた。

それらの戦争でも、ロシアはルーシ統一国家の防衛や再建のための戦いを繰り返してきたし、今回も同じだ。国際法上問題のあるかだけで平和が保てるなら結構なことだが、そんな原則はどこよりもアメリカが守る気がない。

プーチンはこの日、大祖国戦争(第二次世界大戦に対するロシアの呼称)に従軍、戦死した親族の写真をプラカードにして、それを掲げながら市民が行進する「不滅の連隊」という行事に、父親の写真を掲げて行進したが、プーチンの原点がレニングラード攻防戦にあることを印象づける演出だし、ロシア人なら誰もそれを否定できない。

「文明の正義」が勝つといいたい人もいうだろうが、それならナポレオンはロシアで誰より成功したはずだ。ドイツでもイタリアでもナポレオンは歓迎されたし、革命の理想に酔いしれた。フランス革命とナポレオンを肯定的に見る私の視点では、ナポレオンの少なくとも意図は間違っていなかったと思う。

ナポレオンの占領の遺産については、イタリアではどちらかといえば肯定的、ドイツでは否定的だが、ドイツの近代化はナポレオンが旧弊を一掃してくれたので、そのあと、元に戻すかそのままにするか選択できたことで成し遂げられたのだと思うのでドイツにとってもナポレオンによる占領は功績のほうがはるかに大きいと思う。

それでもドイツ人はナポレオンをよくいわないし、日本人の多くがアメリカ軍の占領の功績を語りたがらないのもよく似ている。

ナポレオン戦争のときも第二次世界大戦のときも今回もロシア人は権力者にだまされるのでなく、民族を守るために喜んでそれに耐えた。それがロシア人である。瞞されてるに違いないと信じたいだろうが、そんな自己満足はなんら生産的な結果はでない。戦争中の日本人だって別にだまされていたわけでないだろう。

ロシアが持久戦に出て、秋までだらだら戦争がつづいたら冬将軍の到来だ。果たしてこの冬までにロシアのガスなしでヨーロッパはやっていける体制ができるのか? あるいは、ヨーロッパが世界中から石油・ガス、食料を買い集めたら世界はどうなる?冬将軍が温暖な国も含めて世界を襲う。

折りしも、スリランカの親中派政権の首相が辞任に追い込まれた。これはインドにとって勝利だが、ウクライナ戦争によってルピーも史上最安値。ロシアから安くで資源を買う必要性が増している。

ウクライナ戦争であらゆる意味で得するのはアメリカだけだ。世界全体では大損だが、そこそこ得するのは資源輸出国だ。ロシアも資源価格が高くなったら輸出量の減少をかなり補えるから経済的に破たんするとはいえない。しかも、ロシア国民は耐えることになれている。

その前に世界中の多くの国が破たんし場合によっては飢餓でウクライナの戦争より多くの人が死ぬ。日本はどうか。在外資産や外貨の蓄えがあるから死にはしないがどこの国より損するしかない。

欧米の信頼は高まるが、アジアでは孤立深まりかねない。台湾はともかくとして、ロシアが日本の孤立化を図るために中国、韓国、北朝鮮を誘い、かつ威嚇する事態にアメリカは助けてくれるのか。

少なくともウクライナの戦争が続くと難しい。ウクライナ戦争がだらだら続く事態はアメリカにとってはベストで、日本にとって最悪だが、日本人でそれを望む人がいるのが不思議だ。

保守派でこの戦争のおかげで憲法が改正できるとか、軍備が増強できるとか喜んでいる人が多く、私もその効用は否定しないが、その「メリット」とロシアを完全な敵にまわして中国と北朝鮮を相手にした二正面体制からロシアを加えた三正面体制に移行することについての危険や負担の増大に見合うものなのかは著しく疑問だし、北方領土返還の可能性も日本が極端な形でウクライナに同調した結果、減少したとみるのが普通だろう。

また、アメリカ民主党リベラル派の「ポリティカル・コレクトネス」が猛威を振るうと、イスラエルも中東諸国の両方にとって耐えられないだろうし、英国王室もメーガンを排除できなくなるし、やがて腐敗したウクライナにも向かうし、日本の保守派にも牙をむきかねないことを自覚しているのだろうか。

私は今度の侵攻は国際法違反だし、欧米との協調上も制裁にも概ね同調すればいいが、日本固有の利益は主張すべきだし、もともとロシアの怒っている話には一理あり、長期化は世界経済への打撃が大きいので、仲介の労をとるべきで、それはロシアと直接に国境を接するのだから安全のためにも不可欠というもので一貫しており、それを「どっちもどっち」という言葉で様々な立場の人とひとくくりにされることがあるのは不愉快である。

※マゼッパは18世紀前半のウクライナ民族主義者にとっての英雄。コサック軍閥政権の首領で、統一ルーシ国家の再建をめざすピョートル大帝とバルト海制圧を狙ったスウェーデンのカール12世が戦ったときに、ロシアからの自立を狙ってスウェーデン側についた。このときにロシア側についたコサックの指導者の一人がチャイコフスキーの曾祖父で、チャイコフスキーはマゼッパを暴君として描いた歌劇を作曲した。逆にリストはマゼッパを英雄として描いた交響詩を作曲している。