ロシア国営企業ロスネフチが20日明らかにしたところ、ドイツのゲアハルト・シュレーダー元首相は同社の監査役会の仕事を辞任する意向という。詳細な理由については公表されていない。シュレーダー氏は、「取締役会の任務を延長することは不可能だ」と語ったという。
それに先立ち、欧州議会は19日、ロシアの国営企業から巨額な役員報酬などを得ている欧州の政治家に対し制裁リストに載せるよう欧州委員会に要求した提案を、賛成多数で採択した。具体的には、シュレーダー独元首相(78)とオーストリアのカリン・クナイスル元外相(57)の2人の名前が制裁リスト候補に挙がっている。
制裁リスト候補に挙がった政治家
欧州議会はそのテキストの中で、肯定的な実例として、エスコ・アホ元フィンランド首相、フランソワ・フィヨン元仏首相、そしてヴォルフガング・シュッセル元オーストリア首相らの名前を挙げ、「彼らは最近、ロシア企業での地位を辞任した」と指摘する一方、クナイスル元外相やシュレーダー元首相にも同じ決断を下すように要求している。欧州委員会が議会の提案を受け入れ、2人の政治家を制裁リストに載せれば、2人の元政治家の資産は凍結されることになる。
また、ドイツ連邦議会予算委員会は同日、シュレーダー氏(首相在任1998年10月~2005年11月)の事務所の閉鎖とスタッフの削減を決定した。理由は「シュレーダー氏はロシア企業のロビイストに過ぎず、ドイツ連邦政府の如何なる職務も受け持っていない」と説明している。ただし、元首相の年金と警備費用は引き続き提供するという。
これまでにプーチン氏を一切批判しないシュレーダー氏
ロシア軍のウクライナ侵攻後、親ロシア派だった政治家、芸術家、スポーツ選手が次々とプーチン氏に距離を置き始めているなか、シュレーダー氏はこれまでプーチン氏を一切批判していない。シュレーダー氏はプーチン大統領から国営企業ロスネフチの監査役会の仕事を得て、年間60万ユーロ(約8100万円)を受け取り、それに加え、独ロ間の天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」の株主委員会メンバーとしての報酬は25万ユーロ(約3370万円)と見積もられる。
ほぼ同額の報酬がガスプロムの新しい監査役会のポジションに対しても支払われている。シュレーダー氏がロシア国営企業の報酬を放棄しないため、同氏が所属している社会民主党(SPD)から「党の恥だ」という声が高まっていた。
プーチン氏と踊ったクナイスル氏
ここにきてオーストリアのカリン・クナイスル元外相(57)に対してもロシア国営企業の役員ポストを放棄すべきだという圧力が高まってきた。元外相の名前が世界に知られるようになったのは、クナイスル女史が2018年、同国南部シュタイアーマルク州で自身の結婚式を行った時、ゲストにロシアのプーチン大統領を招き、一緒にダンスするシーンが世界に流されたからだ。
「プーチン氏と一緒に踊った外相」ということでその後、彼女の名前は常にプーチン氏と繋がって報じられることになった。自身の結婚式にロシア大統領を招待すること自体、異例だ。そのプーチン氏とダンスする姿が報じられると、オーストリア国民も驚いた。
クナイスル女史は外相(在任2017年12月~19年6月)としてはその能力を発揮する機会がなかった。クルツ国民党政権のジュニア政党、極右政党「自由党」から外相に抜擢されたが、自由党のハインツ・クリスティアン・シュトラーヒェ党首(当時副首相)のイビザ騒動が契機となってクルツ政権は崩壊した。クナイスル女史はわずか1年半の在任で外相職を失った。
その後、何をしているのかと思っていた時、ロシア国営放送のインタビューを受けている女史をみつけた。そしてプーチン氏とのダンスが縁となってロシア石油最大手ロスネフチの新役員にも選出されている。
クナイスル元外相はプーチン氏から結婚のお祝いに時価5万ユーロ相当の高価なホワイトゴールドで飾ったサファイアのイヤリングをプレゼントされている。クナイスル元外相は外相辞任後もその高価な贈り物を私有していたため、オーストリア外務省は、「外国の要人から得た贈り物は任期が終了すれば外務省に返還することになっている」と要求し、「私へのプライベートな贈り物だ」と主張するクナイスル女史と争いがあったが、最終的には外務省が保管することになったという。
ちなみに、クナイスル女史は外相時代、ウィーンを訪問した河野太郎外相(当時)と会談した。当方はその時、取材したが、クナイスル外相は華やかさはないが、冷静で実務的に仕事をこなすタイプだ。英語のほかにアラブ語が流ちょうなことで知られている。
プーチン大統領がロシア軍をウクライナに侵攻させるといった蛮行を犯さなかったならば、クナイスル元外相は親ロシア派の政治家としてその言語能力をフルに発揮できたかもしれない。本人も残念だろう。ちなみに、クナイスル女史はプーチン氏を招いて結婚式を挙行したが、その相手とは2020年4月に離婚したという。外相職を失い、夫を失い、そして今、再就職したロシア系企業の幹部ポストも揺れ出している。プーチン大統領が失脚したり、不祥事が生じた場合、プーチン氏の声かけで得たポストは吹っ飛ぶだろう。
いずれにしても、ロシアの独裁者プーチン氏と関係を深めた政治家は平穏な人生を送ることは難しい。シュレーダー氏やクナイスル女史の「その後」の人生は波乱万丈だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。