C・クラーク教授の「ウクライナ戦争」

「戦争は開始するより終わらせるほうが数段難しい」といわれる。ひょっとしたらロシアのプーチン大統領はその課題に直面して頭を悩ましているのだろうか。それともロシア軍の再編成が終わり次第、ウクライナ全土の制覇に向けて総動員をかける考えだろうか。

「夢遊病者たち」の著者クリストファー・クラーク教授、ドイツランド放送のインタビューに答える(ドイツ通信=DPAアルノ・ブルギ氏撮影)

ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、今月24日で90日目を迎えた。丸3カ月だ。ウィーンのウクライナ会議に参加したウクライナ政府関係者の話によると、これまで8万件以上のインフラがロシア軍の攻撃で破壊されたという。戦争が停戦したとしてもウクライナの再建復旧には長い年月と莫大な経費が必要となることは間違いない。

ゼレンスキー大統領の発言に見る変化の兆候

興味深いことは、ウクライナのゼレンスキー大統領は21日、TVインタビューで、「わが国はロシアに如何なる領土も手渡さない。ロシア軍が侵攻して占領した地域を奪い返すまで戦い続ける。それが実現すれば勝利だ」と述べる一方、「戦争は外交を通じて終結する」と指摘し、ロシアとの停戦交渉に柔軟な姿勢を示唆したことだ。それはウクライナ軍の軍事的成果に対する自信の表れか、それとも戦闘の長期化はウクライナ側にとっても大きな負担となってきた兆候だろうか。

軍事大国のロシア軍が侵攻して以来、脆弱と思われたウクライナ軍は旺盛な士気と戦闘能力を発揮し、ロシア軍のキーウ征服を防ぐ一方、ロシア軍に奪われた領土の一部を奪い返すなど抵抗してきた。

欧米諸国はウクライナ軍の士気の高さに脱帽する一方、武器供給要請にも応じてきたが、ドイツメディアの報道によると、ウクライナ兵士の中にも戦闘疲れ、厭世観が見られだしたという。その意味でロシア軍とウクライナ軍が武器を下ろしてシリアスな停戦交渉を始める時ではないか、といった希望的観測が聞こえるわけだ。

オーストラリアの歴史家クリストファー・クラーク教授

オーストリア最大部数を誇る日刊紙クローネ日曜版(5月22日)には英ケンブリッジ大で教鞭をとるオーストラリアの歴史家クリストファー・クラーク教授とのインタビュー記事が掲載されていた。同氏は近現代史研究の第一人者だ。第1次世界大戦の勃発背景を詳細に検証した著書「夢遊病者たち」(Die Schlafwandler)はベストセラーとなった。

バルカン半島の紛争が如何に世界大戦にまで発展していったかをテーマとした歴史書だ。ロシア軍がウクライナに侵攻した直後、ウクライナ戦争が第3次世界大戦に発展する危険性があるとして、ウクライへの武器供給に懐疑的な政治家や関係者がその根拠としてクラーク教授の「夢遊病者たち」を例に挙げて論議してきた。

そのクラーク教授は、「ロシア軍の動員状況は1911年から12年の冬にかけてオーストリア・ハンガリー帝国軍とロシア帝国軍の動員状況を想起させるが、その後の展開はまったく異なっている。欧州諸国は統合する一方、ロシアは孤立している。そのうえ、争いの動機が根本的に異なる」と指摘し、1914年の第1次世界大戦とウクライナ戦争とは類似性がないと強調。

プーチンはヒトラーではない

ウクライナ戦争を第2次世界大戦と比較する点については、「理解できるが、プーチン大統領をヒトラーと比較する論調は間違っている。プーチンはヒトラーではない。ウクライナでロシア軍が行っているのは戦争犯罪であり、特定の民族を対象としたジェノサイドではない」と主張している。

ウクライナに武器供給するなど軍事支援することで戦争をエスカレートさせる危険性が出てくる、との指摘に対して、「犯罪行為に対して過剰に反応することによって生じる危険より、過小評価して生じてくるリスクのほうが深刻だ。隣国が武力侵攻された時、それを過小評価して対応するなら、次のリスクを生み出すことになる」と説明する。

ショルツ首相のウクライナ政策を評価

ウクライナ戦争への英国のジョンソン首相とドイツのショルツ首相の対応が対照的と受け取られている。クラーク教授は、「ジョンソン首相は自身をウインストン・チャーチル元首相(在任1940年~45年、51年~55年)のような気分で振舞っているが、滑稽だ」と批判する一方、ドイツのショルツ首相の慎重なウクライナ政策を評価する。

クラーク教授は、「戦争前、ロシアのラブロフ外相や2、3の中国の政治家たちは欧米諸国が支配してきた時代は終わり、ポスト欧米世界が到来すると主張してきたが、実際は違ってきた。欧州諸国はウクライナ危機で結束を強め、北大西洋条約機構(NATO)はその役割を果たしている。西側主導の世界はまだ終わっていない」と語った。

そして「プーチンとロシアは異なっている。戦争に反対する勇気あるロシア国民もいる」と指摘、「ロシアを見捨ててはならない。将来のために正当な役割をロシアに提供すべきだ」と述べている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。