日本と違う北米の労働賃金と景気と貯金経済の正常化

当地のラジオのコマーシャルからは「我々の賃金は今のインフレにとても追いつかない。賃金の上昇にご理解とご協力を」としばしば流れています。概ね、労働組合などの広報戦術なのだと思います。日本と違い、各業種や業界ごとに賃金水準が全く違う北米において、例えば看護師の標準時給4500円は高いだろう、と思うのですが、ラジオのコマーシャルは「今、看護師のなり手がいません。これは給与が十分ではないからです」というのです。そうじゃないだろう、今の時代としては人気がない職業なのだろう、だからなり手がいないミスマッチが起きているとはいいません。

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時給が5000円だろうが年収1000万円だろうが、彼らはこういいます。「これでは一生、家は買えない」と。あたかも家を購入することが給与水準の尺度になりかねないようにも聞こえます。では家の値段がなぜ、こんなに高いのか、と言えば土地の価格もありますが、建設費の異様な高騰と役所の建物や工事に対する条件がどんどん厳しくなるからです。それに合わせるにはデベロッパーは馬鹿々々しいほどの追加コストを負担しなくてはなりません。また、設計士は名を売るために建物を芸術作品化します。

私の事務所の隣で隈研吾氏が設計している40数階建てのコンドミニアムは8割方完成して追い込みに入っていますが、建物のデザインは奇抜でえぐれ、複雑そのものです。ところがこんな建物を建設会社が請け負うには試行錯誤の連続で毎日、横で見ていてこんなコストをかけていたら販売価格も高くなるだろうと思ってしまうのです。

それでも日本と違い、文句も少なく経済が廻っているということはバンクーバーの平均住宅価格1億円を買っていく根強い需要が存在するからです。では誰がそんなに金持ちなのか、といえば相続税、贈与税がないこの国で親から子に、子から孫にそれなりの資金が移動する仕組みがあるからです。日本のように木造が22年で償却する仕組みもありません。よって郊外の結構年季が入った住宅でも十分価値が高いまま売買されているので古くからの「持てる人」と新移民のように「ゼロから築き上げる人」のギャップを埋めるために賃上げが求められるわけです。

この経済サイクルが妥当だとは誰も思っていません。既にアメリカでは技術職を中心に解雇が見られると先日お伝えしました。賃金上昇率は4月が5.5%と近年では最高水準となっていますが、頭打ちが見られ、5月度のアナリスト予想は5.2%で、ここから年末に向け4.5%程度まで落ちてくるだろうとされます。これは一般物価が3/4月頃にピーク打ちだった可能性を踏まえ、物価と賃金が抱き合わせで下がってくるシナリオです。パウエル議長はほくそ笑むとされますが、むしろ、企業景観が悪化していることで人材不足を賃金上昇で賄う意味がなくなってきたのです。つまり、事業の継続性に疑問が出てきたともいえます。

北米の経営判断は日本のようなウエットな感じは全くなく、ドライでドラスティックです。例えば24時間営業の某ドーナッツチェーン店は人材がいない、これ以上の時給上昇はできない、となれば24時間の看板には全くこだわらず、午前7時開店、午後6時閉店と普通の店並みに営業時間をあっさり変えてしまうのです。これで雇用の機会は失われ、賃金上昇圧力は一気に萎みます。つまり北米経済はある日突然、方向転換しやすい傾向が昔から見て取れ、今まさにその方向転換期にあるのです。

これから年末に向けて失業率は現状維持からやや悪化の方向に向かい、物価は着実に落ち着いてくるとみています。例えば住宅用の材木は北米の先物取引相場は下落が続き、コロナ前に比べ2-3割高程度まで下がってきています。今後、更に下落が見込まれます。(日本向けは運送費が高いので以前、高止まりかもしれませんが。)

ところで、アメリカ人の貯蓄率はアメリカの消費余力を占う上で重要なファクターです。コロナ前の貯蓄率は概ね7%程度でした。これがコロナになり、行動制限と政府からの補助金/支援金で貯蓄率は20年4月に33.8%まで上昇します。その後も何度かの追加の支援金が出るたびに貯蓄率が急上昇するのですが、確実にアメリカ人は消費をするのです。そして、商務省経済分析局発表4月の貯蓄率は4.4%と1月の6.0%と比べても急激に悪化しているのが見て取れます。アメリカの消費はサステナブルではないのです。ところが簡単に消費を止められない層がカードローンなどを猛烈な勢いで増やしており、不健全化が顕著になっているのが現状です。

労働賃金、景気、貯金は一体になって動きますが、必ず、バランスが取れるようになっています。労働賃金が高すぎれば景気は悪化する、すると人々は消費癖を少し、改善するようになるという流れです。これは先行きの需要が減退する可能性を示唆しますが、一方で、企業景観はコストの大幅改善で収益性は回復しやすくなり、株価は上昇できます。すると401kや個人投資家の懐が再び温まるため、一定の消費減退には歯止めがかかるし、高齢者の貯蓄は金利が上昇するので多少の金利収入の改善が期待できるというサイクルです。カナダの個人向け定期預金の利息は年率3.0%を提示するほどなのです。

経済は廻るといいます。いま、まさにその回転の主導権がコロナ時の個人消費から企業の健全性に移っているのは確かな傾向で、経済の正常化に向けて最後のハードルになるとみています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年5月31日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。