従軍記者が見た「ウクライナ戦争」:戦争の潮流が変わり出した

ロシア軍がウクライナ侵攻した直後、ウクライナ軍の祖国防衛への士気は高く、国民もそれを支えてきた。3日間で首都キーウを制圧できると考えていたロシア軍側はウクライナの激しい抵抗に直面し、後退を余儀なくされた。

北部に進出したロシア軍は3日間の食糧、燃料しか準備していなかったことが後日明らかになった。ロシア軍は目下、ウクライナ東部ドンバス地域に軍を集中し、攻勢をかけている。ロシアのラブロフ外相は、「ロシア軍はウクライナ東部の解放を最優先課題としている」という。

オーストリア日刊紙最大部数を誇る「クローネ」日曜版の表紙を飾ったヴェーァシュッツ氏(2022年5月29日)

ウクライナ軍の攻勢がいつまで続くかは不確か

ウクライナ側の情報によると、戦争勃発の94日間で、約3万人のロシア兵が殺害され、1330両の戦車、207機の戦闘機、174機のヘリコプター、数千台の軽装甲車両とトラックを破壊、ないしはウクライナ側に乗っ取られたという。軍事力が守勢と受け取られてきたウクライナ軍は軍事大国ロシア軍に対して大きな戦果を挙げている。

ただ、ウクライナ軍の攻勢がいつまで続くかは不確かだ。ウクライナ軍側に戦争勃発直後のような士気は消え、武器の欠乏もあって次第に守勢を強いられてきたからだ。ゼレンスキー大統領が29日、戦争勃発後、初めてドンバスの地に足を踏み入れ、東部ハルキウ州の軍部隊を訪問し、兵士を鼓舞し、「必ず勝利できるから、頑張ってほしい」と檄を飛ばしたのは、ウクライナ軍がロシア軍の激しい攻撃に直面して苦戦しているからだ。

現地からの情報によると、ウクライナ東部ドンバス地方ルガンスク州でロシア軍の猛攻撃を受け、ウクライナ軍はセベロドネツクから撤退を余儀なくされてきた。ウクライナ軍は退路を断たれ完全に孤立する恐れが出てきている。マリウポリやアゾフスタリ製鉄所が最終的にはロシア軍に制圧されたこともあって、ウクライナ軍側の士気は否応にも下がってきた。

ゼレンスキー大統領が戦争を主導できる時間は限られている

ところで、オーストリア国営放送の従軍記者、クリスティアン・ヴェーァシュッツ特派員は28日、「ウクライナ戦争は最長でも5カ月間だ。ゼレンスキー氏は大統領として戦争を主導できる時間は限られている」と、メディア関係者に語っている。その理由として、欧米側のウクライナ支援がいつまで続くか確かではない。戦争が長期化すれば、ウクライナを支援する欧米各国に亀裂が出てくる恐れがあるからだ。

ウクライナ軍が守勢に回ると、欧米諸国はウクライナ軍を最後まで支援し、武器を供給することは少なくなるだろう。だから、欧米のウクライナ支援国に亀裂が生じる前に戦争の行方をはっきりさせなければならないわけだ。

ヴェーアシュッツ氏は、「西側から武器が供給されない限り、ウクライナ軍には勝利のチャンスはない。停戦の見通しがなければ、資金を提供する国は自然に減るだろう」と指摘、「ウクライナ戦争はあと4カ月から5カ月間しか続かないだろう。

冬が到来すれば、欧州諸国は天然ガスの確保に奔走せざるを得なくなる。食糧価格の高騰、エネルギー危機に悩む国民を無視して、ウクライナを支援できなくなるのだ」と強調し、「ウクライナ戦争は今、ターニングポイントを迎えている」と主張する。

兵士たちを鼓舞するゼレンスキー大統領 同大統領Fbより

同氏は旧ユーゴスラビア戦争、コソボ戦争を戦地で報道する記者としてオーストリアばかりか欧州全域で有名なジャーナリストだ。同氏は8つの言語を話す。ウクライナ戦争ではキーウや他の都市を愛車トヨタのカローラに乗って戦地を取材している。常に死と向かい合っている日々だ。

ヴェーァシュッツ氏は、「ウクライナ戦争は次第にロシアと米国の代理戦争の様相を深めてきている。欧米側はロシアと遅かれ早かれ協議しなければならない」と指摘する。ちなみに、海外亡命中のオリガルヒ(新興財閥)の1人、ミハイル・ホドルコフスキー氏は、「ウクライナへ武器供給する欧米諸国はロシア側にとって既に戦争当事国だ」と説明している。

「ウクライナ戦争でウクライナがこれほど長く持ちこたえ、ロシア軍の一部を押し戻すことができるとは誰も信じていなかった。しかし、今やウクライナ戦争の潮流が変わり出した」、「ウクライナはルガンスク地域で既に支配を失い、97%はロシアの手にあり、ウクライナの部隊は現在は包囲の脅威にさらされている」と淡々と語る。

ウクライナ側の誤解

ヴェーァシュッツ氏は、「ウクライナ側は最初の軍事的成功を誤解して、戦争の勝利といった非現実的な期待を国民にもたせるプロパガンダを行ってきた。残念ながら、ゼレンスキー大統領自身が言葉は時に過剰さがある」と説明した。

同氏は、「ロシア軍は東部を制圧すると今度はウクライナ西部とキーウでも攻撃を仕掛けることが予想される。目的は供給ライン破壊だ。しかし、ロシアの情報源やインターネットから知る限りでは、ロシア側の軍事指導部にも依然として大きな不満があり、ロシアも巨額の損失に苦しんでいる。ロシアは明らかにウクライナよりも多くの人的資源を持っているから、戦いが長期化すれば、戦況はロシア軍側に有利に展開する可能性が出てくる」と考えている。

ヴェーアシュッツ特派員は、「ウクライナ戦争ではこれまでの戦地では目撃しなかったほど多くの英雄を見た。同時に、砲丸で完全に焼け落ちた遺体を見てきた」と述べた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。