「ハチの一刺し」とは、ロッキード事件で田中角栄元首相を有罪に追い込むことになる有力な証言をおこなった田中の秘書榎本敏夫の元妻・榎本三恵子氏が、その決意を喩えた「蜂は一度刺したら死ぬ」に由来する。81年当時の流行語として、しばらくは「女は怖い」の代名詞にもなった。
あれから40余年、米国議会で6月9日から開かれている「J6公聴会」(「2021年1月6日の国会議事堂暴動を調査する下院特別委員会公聴会」)で、この28日、トランプをお白州に引き出すかも知れぬ「ハッチの一刺し」があった。
その「ハッチ」とは、トランプのホワイトハウス首席補佐官マーク・メドウズの上級補佐官キャシディ・ハッチンソン嬢だ。「J6公聴会」のチェイニー副委員長は彼女を、「19年にホワイトハウスの立法事務局に入り、20年3月から政権終了までメドウズの上級補佐官を務めた」と紹介した。
米国メディアはハッチンソン証言を、次のような見出しで一斉に報じている。
- 「Washington Post」:ハッチンソンって誰だ?(Who is Cassidy Hutchinson?)
- 「AP」:トランプのホワイトハウス側近が目下、脚光を浴びる(Cassidy Hutchinson, Trump White House aide, now in spotlight)
- 「CBS News」:ハッチンソンとは何者?トランプ大統領のホワイトハウス首席補佐官メドウズの元側近が1月6日の公聴会で証言(Who is Cassidy Hutchinson? Former aide to Trump’s White House chief of staff Mark Meadows testifies in January 6 hearing)
- 「New York Times」:メドウズの元側近が驚きのJ6公聴会で証言(Meadows Aide to Testify Before Jan. 6 Panel at Surprise Hearing)
- 「MSNBC」:J6公聴会ライブ更新:トランプのホワイトハウス元側近の独占証言(Live Updates / Jan. 6 hearings: Ex-Trump White House aide’s explosive testimony)
- 「NBC News」:“彼らは私に危害を加えようとしてここにいるのではない”:元側近は、トランプがJ6の群衆が武装していると知っていたと述べている(’They’re not here to hurt me’: Former aide says Trump knew Jan. 6 crowd was armed)
- 「The Intercept」:ハッチソンのJ6証言はバターフィールド証言並みに重要(Cassidy Hutchinson’s Jan. 6 Testimony Was an Alexander Butterfield Moment)
- 「Fox News」:シークレットサービスは、トランプが議事堂暴動の時に(*ビーストの)ハンドルに突進していないことを喜んで証言する(Secret Service agents willing to testify that Trump didn’t lunge at steering wheel during Capitol riot: source)
- 「CNN」:議会で証言したメドウズの元側近、ハッチソンって何者?(Who is Cassidy Hutchinson, the Meadows aide who testified before Congress?)
- 「The Hill」:ハッチソンの爆弾証言に関する6つのこと(Six takeaways on Cassidy Hutchinson’s explosive testimony)
- 「Politico」:意見:トランプの犯罪的な破滅を証明し得るハッチンソンの発言とは(Opinion | What Cassidy Hutchinson Said that Could Prove Trump’s Criminal Undoing)
- 「Business insider」:元ホワイトハウス補佐官ハッチンソンのJ6爆弾証言にトランプ界隈が衝撃!「最も不利な日」や「烏滸の沙汰」との声も(Trumpworld shocked by former White House aide Cassidy Hutchinson’s explosive January 6 testimony, calling it the ‘most damning day’ and ‘insane’)
- 「New Yorker」:ハッチンソン証言はトランプ終了となるべきものだ(Cassidy Hutchinson’s Testimony Should Be the End of Donald Trump)
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上記のうち有料の「WAPO」と「NYT」を除く11紙を読んだが、トランプ寄りの記事はFOXだけ。その見出しにある「ハンドルに突進」とは、同紙にあるハッチソンの以下の証言に由来する。
大統領は、「私は大統領だ、というようなことを言った」とハッチンソンは証言し、その日にホワイトハウス側近のトニー・オーナトから聞いたことを述べた。「大統領は車の前方に向かって手を伸ばし、ハンドルを握った。エンゲルは彼の腕を掴み、『大統領、ハンドルから手を離して下さい。私たちはWest Wing(ホワイトハウス)に戻るのです。議事堂には行きません』と言った」
オーナトはメドウズの副官、エンゲルはシークレットサービスの責任者で、議会で証言する用意のある2人とは、エンゲルとビーストの運転手(匿名)だ。ハッチソン証言のこの部分の真偽のほどは、2人の証言で明らかになろう。嘘はオーナト発言か、ハッチソン証言か、はたまた・・。
この証言から判るようにハッチンソン証言には伝聞証拠(hearsay)が多い。この点について「Politico」記事は以下の様に述べている。
明確にされるべきは、ハッチンソン証言は、もし司法省によってトランプに対して法廷で提供されれば、伝聞証拠でなくなることだ。連邦証拠規則801(d)(2)によれば、「当事者の相手側」による発言は伝聞とは見做されない。トランプは、トランプの刑事訴追では司法省の「当事者の相手側」となり、トランプの発言に関する彼女の証言は、裁判でトランプに不利になる可能性がある。
また「New Yorker」は、ハッチンソンがホワイトハウス顧問のチポロンが「これは法的に飛んでもないことになる」と述べたことや、メドウズが彼女に「1月6日には、本当に、本当に悪いことが起こるかもしれない」と言ったことを証言していると書いている。
続けて「これらが妨害罪や扇動罪や別の犯罪容疑でトランプに勝てる案件になるかどうかは、メリック・ガーランド司法長官次第であり、彼に行動を起こすよう求める圧力は高まっている」とする。が、公聴会を追っている、トランプに批判的な「The Hill」のレベッカ・ビッチュはこう書く。
ハッチンソン証言が描くのは、選挙を覆すための取り組みが違法であり、暴力につながる可能性があると繰り返し警告された大統領の姿だ。
危険な兆候を無視し、盗まれた選挙という根拠のない主張で支持者を煽りながら強行したという証拠は、トランプが大統領職を維持するために故意に犯罪行為に及んだという委員会の訴えを強化する。
しかし、司法省がトランプとその側近に対する証拠が起訴を裏付けるのに十分であると考えるかどうかは、まだ分からない。
筆者はハッチンソン証言を駄洒落の意味も込めて「ハッチの一刺し」としたが、この証言を「ウォーターゲート事件」のニクソンのホワイトハウス側近の証言に擬える記事が2本あった。
1本は「The Intercept」のジェームズ・ライゼンが言及したアレキサンダー・バターフィールド補佐官の証言で、彼はニクソンが大統領執務室に録音システムを設置していたことを上院ウォーターゲート委員会に暴露し。
他は「New Yorker」のジョン・キャシディ記者。記事はホワイトハウス顧問ジョン・ディーン(弁護士)が、これも上院ウォーターゲート委員会での証言で、大統領が策略家で嘘つきの隠蔽屋であることを直接証明したことに触れている。
この二人に比べると25歳と若いハッチンソンのホワイトハウスでのキャリアは約2年、メドウズの上級補佐官の期間は10ヵ月に過ぎない。「Business insider」がその証言に「『烏滸の沙汰(insane)』との声も」との見出しを付けたのも、その辺りに由来しよう。
が、だからこそ却って、ホワイトハウスがハッチンソンに無警戒だったかも知れぬ。証言には「メドウズは暴動中にトランプをほとんど抑制しようとせず、後に大統領恩赦を求めたこと」やバー司法長官が「選挙中に目立った不正はなかったと報道陣に語ったと知ったトランプは、ケチャップの皿を壁に投げつけた」などと言うのもあるが、最も痛烈なのは以下だろう。
私は彼らが武器を持っていることを気にしない。 彼らは私に危害を加えようとしてここにいるのではない。Mags(磁気金属探知機)を取り上げろ。
トランプとその界隈は「Truth Social」に「ハッチンソンという人物のことはほとんど知らないが、彼女について非常に否定的なことを聞いた(完全なインチキで “leaker”)ということだけは確かだ」などと書き込むが、どうも分が良いようには見えない。
加えてキーマンのガーランド司法長官には、16年3月にオバマ大統領から連邦最高裁判所判事に指名されたものの、マコーネル共和党上院院内総務の工作で就任できなかった過去がある。彼がその意趣返しに、中間選挙での共和党勝利やトランプの再登板を阻もうとするかも知れぬ。