WSJ、嫌味な見出しの社説で大失態

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政治的には中道で、米メディアの中では信頼度が高いことで知られるウォール・ストリートジャーナル(WSJ)が社説でとんでもない赤っ恥をかきました。記事に付けられたコメント欄には「WSJが論説委員会にどう責任を取らせるか興味深い。上場企業ならクビだ」とか「論説委員会はWSJのブランドを毀損した」「論説委員会はファシストの集団か」などの悪口雑言に満ち溢れています。

日本メディアは触れていないようですし、ワシントンポスト(WaPo)も同様なミスをしているので記録しておきます。

これは、先日の米最高裁判決が、半世紀前の女性の中絶権を認めた判決を覆し、米国中がその賛否をめぐって大騒ぎが続く中で、インディアナ州のインディアナポリススター紙が放った7月1日のスクープ記事が発端です。

その内容は、オハイオ州に住む10歳の少女がレイプの犠牲で妊娠したが、同州では最高裁判決を受けて、殆ど全ての妊娠を禁止する2019年の法律が施行されたため、そうした規制のない隣接するインディアナ州にやってきて中絶手術を受けたというものでした。

執筆したのはスター紙のベテランの医療・健康担当記者。記事によれば、手術したのはインディアナポリスの産婦人科医ケイトリン・バーナード(Caitlin Bernard)医師。同医師によればオハイオのchild abuse(児童虐待)に関わる医師から委託されたとのこと。少女は妊娠6週間と3日だったとも。

これが、最高裁判決がもたらした悲劇だとして、広く話題になる中、右派メディアのPJメディアが<Viral ‘Pregnant 10-Year-Old Rape Victim’ Abortion Horror Story Deserves a Deeper Look>(「妊娠した10歳のレイプ被害者」という流行の中絶ホラーストーリーは、もっと深く検討する価値がある)と、スターの記事に疑問を投げかけました。

これに続いて、右派のFoxNewsの著名ホストTucker Carlson氏が「(判決に反対の)バイデン大統領は10歳児に賭けて失敗した。これは真実の話ではない」地断言、同じくFoxNewsの女性ホストも「中絶権の支持者が偽のれいぷ被害者を発明したのは不愉快だ」と発言します。まあ、FoxNewsのホストによる勇み足発言はしばしばあるようですが、これに共和党員でオハイオ州の司法長官までが、FoxNewsに出演して、「我々は検事や警察、保安官と定期的にコンタクトを取っているが、少女の被害については何も聞いていな」と発言してしまいます。これにオハイオ選出のJim Jordan共和党下院議員まで同調します。

この流れの中で、12日にWSJの驚くべき社説が飛び出したのです。題して<An Abortion Story Too Good to Confirm>。訳すのは難しいですが、「確認するには都合の良すぎるストーリー」あたりでしょうか。論説委員会名の何とも嫌味な見出しです。

こんな調子です。「想像して見てください。この話は今秋(の中間選挙で)、中絶問題を投票の争点にしたい人にとっては、最高裁判決後の強烈な悲劇だ」「一つの問題がある。この少女が実在するという証拠は何もない」「医療専門家は児童レイプを司法当局に報告する義務があるが、バーナード医師は犯罪がどこで起きたとか、委託してきたオハイオ州の医師を特定していない」

さらに「これは進歩的な物語には適合するが、確認できない偏った情報源からのありえない話だ。中絶の議論は緊張を増し、情熱は高まっている。しかしアメリカ国民はそのような感情を煽るために作られた証明されてもいない話よりも、もっと良いものを大統領から受け取る資格がある」

要するに、中絶行為の長い歴史のあるバーナード医師がデマを飛ばしたんだと言わんばかりです。

ところがWSJにはお気の毒。事態は進んでいたんですね。オハイオ州のコロンバスディスパッチ紙が同じ12日に、コロンバス在住のガーソン・フェンテス(27)が、すでに逮捕・起訴され、コロンバス警察の刑事が、「レイプは2度行われ、妊娠は母親が連絡したフランクリン郡チャイルドサービス通じて知り、手術は6月30日に行われた」などと法廷で証言した、と報じたのです。

WSJの面目丸潰れ。サイトには14日午前に<Correcting the Record on a Rape Case>レイプ事件の記録を訂正する、という記事を載せました。内容はディスパッチの内容を簡単になぞり、言う事に事欠いて「最高のニュースは、レイプ容疑者が通りから連れ去られたということだ」だって。「ごめんなさい」は一言もありません。

ついでに言うと、WaPoも社説ではありませんが、7月9日のfact checkerという企画で取り上げ、「スターの記事の唯一の情報源はバーナード医師で、記事を執筆した記者も医師も質問に回答しない」などとして「これは確認するのが非常に難しい話だ」と逃げてしまっていました。自分で何も材料を探さないで何のためのfact checkか意味不明でした。

あまりに杜撰な企画に呆れたか、こっちには読者からのコメントはゼロでした。ちなみにWSJの方には最初の社説に2915件、訂正記事には2754件ものコメントがあったと表示されています。だいぶ、部数を減らすかも。そして論説委員会にはどんな処分が下るんでしょうか。


編集部より:この記事は島田範正氏のブログ「島田範正のIT徒然ーデジタル社会の落ち穂拾い」2022年7月15日の記事より転載させていただきました。