維新の松井代表は、世間には「反安倍」が少なくないとして、国葬には反対しないが、慎重姿勢を示し、国会の閉会中審査を求めています。
私は、このような要求は、議会制民主主義の名を借りたポピュリズムであり、国会が、本当に大事な課題に取り組むことを阻害するという点で、民主主義の健全な発達を損なう言動の一つだと思います。維新には、これまでの野党とは違う役割を期待していただけに残念というほかありません。
まず、松井代表は、閉会中審査の実施を求めることで、どのような形の葬送がよいのか、予算、すなわちお金の算段もしながら、故人の国家への貢献、毀誉褒貶について、喧々諤々、議論すべきだというのです。これは、亡くなられた方の御霊を敬う心が感じられないやり方です。革新的なものの考え方にしばしば違和感を抱く中道、右派の支持者だけでなく、多くの野党支持者の中にも、社会通念上、抵抗感を感じさせられるものがあるように思います。
それでも、この議論が日本の政治を前に進めることに貢献すれば、百歩譲って、個人の尊厳が傷つく危険を冒すことも必要かもしれません。安倍元首相は第一級の公人です。しかし、このような議題を、国会の公開の場で議論することは、安倍元首相による過去にすでに行われた政策についての評価を与党と野党が再びやり合う、二番煎じの議論を行うことを意味します。また恐らく、司法も取り上げるに値するとは考えなかった、安倍氏の「スキャンダル」を蒸し返す場を野党に提供することにもつながります。
安倍元首相による政策の評価は、新しい政策を生み出すための論争の中で、国会議員が必要に応じて議論してもらえばよいし、安倍氏個人に焦点を当てて、国会が議論する必要はありません。長期的、歴史的な視点での政治家の評価は、ジャーナリストや政治、歴史学者がやってくれるだろうし、訴追に値する証拠が一切出ておらず、国会でもすでに語りつくした「スキャンダル」については、テレビのコメンテーターや週刊誌に任せるべきです。国会には、日本国が抱えている山積する重要課題について、政策論議を行うことに注力してもらいたいと思います。
私が国葬について、閉会中審査などすべきでないと主張しているのは、議会主義の視点からも決して常識はずれなことを言っているわけではなりません。例えば、どこの地方議会でも、人事案件などは質疑・討論なしで採決するのと同じ精神に立脚しているのです。すなわち、まだ存命の、公職に就くべき人の人事案件に関する審議でも、個人の名誉を傷つけないように、質疑、討論なしで採決するのです(もちろん非公開の場で議論、調整はあります)。ましてや、亡くなられた方の毀誉褒貶を公開の場で、予算、すなわちお金と絡めて議論して何が得られるというのでしょうか。
もちろん、あらかじめ内閣が国葬を行う一定のルールを持つというのも一つのやり方だと思います。法律で指針を決めておいてもいい。しかし、明確なルールがなく、すでに亡くなられた方の葬送のやり方を国として決めるのであれば、政府が責任を持って判断すればよいことです。今の岸田政権は、国会の過半数を制した政治勢力に支えられています。与党から異論は出されておらず、すでに国会の意思は明らかです。
もし、憲法を改正、あるいは法律を制定して、どうしても国葬の実施を国会の議決事項にしたいなら、譲ってそれでもいいでしょう。しかし、その場合でも、質疑、討論なしで粛々と採決すればいい。そして、万が一、国民の多くが、政府や与党のそのような決定に対して不満を持つなら、次の選挙でその意思を示し、政権交代を実現してもらえればよいだけです。
そもそも、民主国家で8年も首相を務めれば、「反」がたくさんいるのは普通のことです。従って、松井代表は、実質的に「政治家に礼節を尽くすために国葬を行う」ということ自体に反対されていると理解せざるを得ません。あるいは、今後、日本が、中国や北朝鮮のように、事実上、「反」がほとんどいなくなるような政体へ進んでいくとすれば、松井代表も「政治家の国葬」に諸手を挙げて賛成することになるのでしょうか。
なお、「遺族の負担」を考慮してと発言するのは、上手なレトリックです。しかし、逆に国葬の実施について、遺族に無言の圧力がかかる要素がでてくるので、この松井代表の発言自体が遺族に負担をかける懸念があり、あまり感心しません。
政治家の国葬などというものは、特定のイデオロギーや政治思想を持った一個人の神格化につながる危険があり、健全な政治論争の阻害要因になるから、本来的に実施すべきものではないという立場があるのは承知しています。しかし、すでにあちらこちらで指摘されているように、国葬の対象となった吉田元首相が神格化されたという話はまったく聞きません。吉田元首相の政策、人物については、これまでも、極めて自由に議論の対象になっています。
それでも、国葬のあり方について、野党が国会で議論をしたいのであれば、今年の秋以降、落ち着いた段階で、国葬に関する法律案でも提出して議論してもらえばいいと思います。
松井代表が、今回、閉会中審査を要求してきた理由は、同氏の政治的信条によるものか、政府与党に対する牽制なのか、あるいは野党への愁眉なのか、知る由もありませんが、いずれにせよ、なんでもかんでも国会で審議対象にすることがよいことだとするようなポピュリズム的主張を助長するもので、日本の民主主義にとって、好ましくないと考えます。
私としては、保守でも革新でも、長年国政を担った為政者に対して、毀誉褒貶はあるにせよ、国葬という形で礼節を尽くし、政治に「名誉」という概念をもたらす(復権させる ?)ことは大事だと思っています。とりわけ、今回のように、選挙運動中に元首相が暗殺されたような場合はなおさらのことです。
そのような取り組みの積み重ねが、日本の民主主義を磨いていくことにつながると信じています。
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岸川 泰
元地方公務員。現在、フランス在住。日本企業の対仏ビジネス支援を行うほか、フランス企業向けのビジネス研修講師、地元の商業専門学校の非常勤講師を務める。