リアリズムとは
「リアリズム」。直訳すれば現実主義という言葉は個人的な主義主張関係なく、多用される傾向にあると感じているが、何を現実だと捉えるのかは個人的な選好に関わってくる。コップ一杯に入っている水を半分「しか」入っていないか、又は半分「も」入っているかと表現することは同じ状態で違う視点で見る場合があるという例であり、人々が持つ背景によって現実そのものの認識が変わることを証明する。
国際関係論におけるリアリズムもとある解釈に基づいて世界を見ている。それは国家という主体は国益を最大化するために活動しており、それらを統括する上位の存在がいないために国際社会は無政府状態であるという前提である。
そして、その前提によっ目下の国際政治が動かされていると思い起こさせるのがバイデン大統領のこれまでの外交政策である。
バイデンのリアリズム外交
当時のバイデン大統領候補の言動は全体的には彼の外交政策をリベラリズムが支配する見方が強かった。
国際関係でいうリベラリズムとは「協調」や「普遍的な価値」といった概念によって定義づけられており、リアリズムが提供する世界観と比較すると、国々が互いに手を取りながら共通する利益を追い求めるという穏健的な視点で世界を見ている。
バイデン氏は大統領のなるまでの予備選では短絡的に国益を捉えるトランプ氏の単独主義とは距離を取り、同盟国との連携を活かした多国間主義的な外交政策を軸とすることに言及していた、加えて、中国政府が大量のウイグル人を収容所に入れていることを批判し、サウジアラビアでのジャーナリスト殺害に触れ、人権という「普遍的な価値」がバイデン外交の構成要素になることを示唆していた。まさしく、バイデン氏が主立って主張していた外交政策はリベラリズムを基調としていた。
だが、実際のところ早い段階からバイデン大統領の外交はリアリズム色が濃く現れていたように思える。アフガニスタン撤退がその象徴的な例だ。
アメリカの覇権に経済、軍事、技術といった様々な側面から挑戦しようとする中国に対抗するために、長きにわたってアメリカの体力をそぎ、国益に見合っていなかったアフガニスタンでの戦争、国家建設から撤退することは至上命題であった。しかし、撤退によって自明だったことは非民主主義的で家父長的なイスラム主義勢力タリバンの復帰であった。また、「普遍的な価値」に重きを置く人間なら撤退に伴う人権状況の悪化というシナリオは是が非でも避けたいものであった。
だが、バイデン氏は最終的には既定路線だった撤退を軍の反対を押しのけて実行に移し、その結果としてアフガニスタンの人権状況は大きく後退したことが報告されている。
さらに、最近のサウジアラビアへのバイデン氏の訪問もリアリズムの影響がバイデン政権内で支配的だということを物語る。バイデン氏は大統領候補時代にサウジアラビアに批判的なワシントンポスト紙のジャーナリストがムハンマド皇太子の命によって殺害された事件を受けて、サウジアラビアを「のけ者」扱いにし、外交的に孤立させることで、懲罰を与え、人権に対する姿勢に変更を見せるように促す意向を見せていた。
だが、ロシアーウクライナ戦争を機にガソリン価格が高騰し、バイデン氏の支持率に致命的な打撃を与えている現状から、以前の姿勢を一変させ、石油の増産を要請するためにバイデン氏自身がサウジアラビアに直接赴く運びとなった。この前にサウジと同じく権威主義的であるベネズエラ政府とも制裁解除を見返りとした石油の増産を議論しており、これも人権外交を大切にしたいとするバイデン氏、民主党の基本的な立場から逸脱している。
サウジ訪問についてバイデン氏は人権問題を不問にしたことを意味しないとワシントンポスト紙の記事で主張している。だが、「のけ者」発言を考えた時にバイデン氏が国内的な苦境を背景に妥協したことはバイデン氏がいかなる時も教条的に「価値観に」拘泥し、自国の国益を見失うことはしないことを現す出来事であったと言える。
協調的なリアリズム外交の限界?
アフガニスタン、サウジの例からバイデン大統領のリアリズム外交はアメリカの国益を第一に考えた方向に動いていることが読み取れるが、総合的に見ればトランプ政権のものよりかはよっぽど協力的であり、信頼できるものである。
ロシアのウクライナ侵攻してからバイデン氏はトランプ政権時代には「脳死」とまで言われたNATOを団結させ、ロシアの蛮行に妥協しない西洋諸国の意志を示すことに成功した。さらに、政治的なリスクを冒しながらも、IPEFという関税撤廃に踏み込まないもののインド太平洋地域を主眼に置いた新たな枠組みの貿易協定を提案し、アメリカがアジアに関与し続ける意欲を見せている。特にインド太平洋地域へのアメリカの関与は中国の台頭によって動揺している東アジア情勢を鑑みたときに抑止としては心強いものである。
だが、バイデン氏がアメリカ国内で政治的に厳しい状況が続く中で、協調主義的な要素が垣間見えるバイデン氏のリアリズム外交がどこまで継続されるかが懸念される。アメリカは現在、ガソリン価格だけではなく、全体的なモノの価格が急激に上昇する深刻なインフレに悩まされている。その妥協策として政権内からはトランプ氏が課した対中関税の撤廃をするべきだという声も上がってきている。
もし、仮に関税が撤廃されたならば、アメリカを経済的に苦しめさえすれば譲歩が引き出されると敵対的な国々が認識し、同盟国の安全保障が損なわれる可能性も否めない。アメリカが経済的に不況に陥ることはバイデン大統領のリアリズム外交がトランプ外交に近い短絡的な、狭量的なものに変更される危険性があることを認識しなければならない。バイデン氏の忍耐が今試されている。