NHKの朝の連続ドラマ「ちむどんどん」。何かとツッコミが多く視聴率も低迷しています。
実際のところ、前評判は悪くありませんでした。まず、タイトルがとてもかわいいです。「心」または「魂」を表す「ちむ」が「どん、どん!」と高鳴るさまを表した琉球の言葉、聞いているだけで心弾みそうです。
スタートも、夏に向かって私たちのハートが実際に「どん、どん!」と高鳴っていく季節でした。また、「沖縄の日本国土への返還を記念して」という魅力、さらに朝ドラ前作「カムカムエヴリバディ」の評判が良かったこともあって、期待値は歴代でも高かったようです。
なのに、なぜ、こうなったのでしょうか?
ドラマは共感されなければ支持されない
答えはある時点から物語と主人公に視聴者が共感できなくなったことに尽きます。
ドラマの魅力は数多ありますし、その詳しい解説は専門の評論家に任せておくべきなのですが、筆者の知る限り今のところ誰も心理学的な答えを紹介していません。
そこで、僭越ながら心理学的に重要と思われる「感動の3つのポイント」を紹介し、視聴率低迷の答えを解き明かしたいと思います。そして、これも誰も指摘していない、このドラマの心理学的な楽しみ方を提案したいと思います。
最後までお読みいただいたら、ヒトの感動のメカニズムを御理解いただけることでしょう。感動のメカニズムは、あなたの日々を豊かにすることにも、周りに人々を理解することにも、さらにはビジネスにも応用できるものです。ぜひ、最後までお付き合いください。
感動させるドラマの心理学的な3つのポイント
結論から言うと、ドラマへの感動のポイントは次の3つです。
- 非日常的な世界観の体験
- その世界観への共感とコミットメント
- 主人公への共感
大ヒットしたマンガ『鬼滅の刃』で言うと、
- 近代化前後を思わせる風情の中で、理不尽な暴力に命を蹂躙される「世界」の描写
- 世界は「私たちの現実」の風刺であるという描写(共感とコミットメントの獲得)
- 主人公の理不尽に抗う意志への共感
このようにで連載終了後も多くの支持を集めています。大成功した作品と言ってよいでしょう。
ここからは、この観点から「ちむどんどん」について考えてみましょう。
「非日常的な世界観」の提供は成功した?
開始当初は山原(ヤンバル)の美しい景色を強調した演出が光っていました。スタートが初夏ということもあって本当に惹きつけられる映像表現でした。
映像は景色が美しければ勝手に美しくなるものではなく、その美しさを更に美しく伝えるには相応の技術が必要です。
また、舞台が銀座や鶴見に移っても上手にその「味わい」を見事に絵として収めていました。素人の目線に過ぎませんが、景色としては非日常の提供に成功しているように思えます。
最近は映像制作に興味をもつ方も増えてきています。そういう方には、見事な映像制作の舞台裏に思いを馳せることも非日常を楽しめるポイントと言えるでしょう。
また、魅力的な子役や若手、実績豊かな往年のスターまで、素敵な俳優さんが次から次へと登場します。みなさん本当にお上手で存在感がありますね。
素敵な俳優さんは画面中央にいるだけで「絵」になります。この絵だけでも非日常の世界観としては十分です。
特に若手スターをよく知らない50代、60代、70代の方々にとっては、自分たちの青春時代を思い起こさせる「青春スター」が登場しますね。それも、自分たちと同じように齢を重ねた役で登場するのです。
このように「非日常」という意味では、「映像表現」でも「配役の妙」でも、各年代の魂を揺さぶるものだったと言えるでしょう。
世界観への共感とコミットメントは?
一方で、時代考証の問題が数々指摘されています。現在、ネット上には数限りないツッコミが溢れていますが、すべては時代考証の問題から始まった印象もあります。数え上げるとキリがありませんが、たとえばこれらの記事です。
これらは視聴者の世界観への共感とコミットメントを損ねるリスクです。
実は人の脳には一貫性を求める仕組みがあります。心理学では「確証バイアス」「認知的な快」と呼ばれ、脳研究の分野ではドーパミン神経系の働きで説明されます。
過去を扱ったドラマでは「この当時は、そうだったよね!」と視聴者の一貫性の確認を維持する必要があるわけです。これに失敗すると、「認知的な不快感」を与えてしまいます。こうなると視聴者は「シラケる」のです…。
もっとも、全ての歴史を扱うドラマはこの難しさを抱えています。実際、全く「ツッコミどころ」がないドラマはまず無いでしょう。
ただ、NHKの朝ドラは注目度が高いので厳しく見られるのでしょうね。制作陣には悩ましいところかと思われますが、朝ドラの宿命のようなものなのかもしれません。
ヒロインに共感できるか?
実はこれが最大の問題だといえます。
物語では、次から次へと新しい問題が起こるのですが、これらの問題はいつでも簡単に解決されていきます。そして、ヒロインの望みはすべてが叶うのです。
まるで、魔法で全てが解決される少女漫画のようです。ファンタジー作品として見るのであれば共感できるかもしれません。しかし、現実感を期待する視聴者は、主人公に都合のいい展開の連続に「現実にはこうはいかない…」と共感しにくくなっていきました。
ヒロインのキャラクター設定も疑問を持たれています。例えばこの記事です。
演じる黒島結菜さんが素敵すぎるので思わず惹き込まれてしまいますが、主人公の暢子はなかなか独特な個性をお持ちです。自分の「念い(おもい:何かを成し遂げる意志)」に対してとても正直です。このキャラクター、子ども時代、思春期時代は「ひたむきで、まっすぐ」と共感されていたように思えます。
ただ、20代を超えてもこの個性が変わっていないようです。念の強さは大人の場合は強引にしか見えない場合もあります。
実際、周りの人々の気持ちや苦悩に無頓着で、自己中心的に見えるという評論家もいます。どうやら、多くの視聴者が主人公の気持ちや姿勢に共感できなくなってしまったのです。
ヒロインのキャラクター、心理学的な正体は…
さて、主人公のこのキャラクター設定、どう理解したら良いのでしょうか?
私は、このヒロインの行動パターンから、ある世界的に著名な活動家を連想しました。それは環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんです。
環境に対する彼女の想いはとても強く、事態を変えようという本当に強い意志をお持ちです。2018年夏に15歳で、気候変動への取り組みを求めてスウェーデン国会の前で座り込み抗議を始めた世界的に注目されるようになりました。その熱い念いは共感する支持者を集め、2020年には欧州会議で講演するなど今日でも世界的な活動を続けています。
グレタさんのドラマは、
「少女の熱い念いが世界を変える!!」
という、まさに魔法のような現実のお話なのです。
彼女の原動力は何なのでしょうか?それはグレタさんが「超能力」と呼ぶ、ある脳の特性、ニューロダイバシティ(脳の多様性)の一つです。
この特性、私も「障害」や「症」という呼び方に賛成していないのですが、一般的にはこの呼び方がよく知られてしまっているので、あえてこの言葉で紹介します。それは、「自閉症スペクトラム」です。発達障害の一つとされています。
(なお、グレタさんは2012年にアスペルガー症候群と診断されたようですが、ここでは、今日的によく使われる「自閉症スペクトラム」と紹介させていただいています。)
詳しくはグレタさんと発達障害について解説したこの記事をご覧ください。
発達障害とは、大人として期待される社会の「予定調和」を乱しやすい特性です。子ども時代なら受容されますし、共感もされます。特に「自閉症スペクトラム」は時には「ひたむきさ」や「実直さ」が人々に感動を与えたりもします。グレタさんのように、多くの支持を集めて本当に「世界を変える」原動力にもなり得ます。
朝ドラ「ちむどんどん」もヒロインの熱い念いが周りに理解され、周りが変わり、ヒロインの願いがどんどん叶っていきます。ヒロインの念いで世界が変わるのです。
どうやら、このドラマは「日本版グレタさん」の物語として見るべきなのかもしれません。
このドラマは、ニューロダイバシティの最高の教材かもしれません!!
朝ドラ視聴者の多くはドラマに自分たちを重ねられる現実感を求め、ヒロインにも自分を重ねることでしょう。そのため、自分たちと同じ感性をヒロインにも求めてしまうのかもしれません。
ただ、グレタさん曰く「超能力」ですので、この感性に共感できないこともあるのです。実際、グレタさんは多くの称賛と支持を集める一方で、「責任ある立場にいる大人を教育する必要がある」などの刺激的な発言で多くの非難も浴びています。
なので、私には「ちむどんどん」ヒロイン暢子への視聴者の違和感は、グレタさんへの非難の声と重なるように見えます。「視聴者がヒロインの感性に共感できる」という予定調和を壊しているようなものなので、がっかりする視聴者も多いのでしょうね。
ただ、私たちの受信料を使って素敵な映像表現と豪華なキャストで制作されたこのドラマ、やはり楽しまなければもったいないです。そこで、心理学者としての提案です。
このドラマを
「グレタさんレベルで念いが強い素敵な女性が、日本で生きると何が起こるのか」
そして、
「念いが強い人を、私たちはどう理解して、共生したら良いのか」
を学ぶ機会として観てはいかがでしょうか。
「ヒロインへの共感」という感動がこの先の展開で用意されているのかどうかはわかりませんが、「日本版グレタさん」のドラマとしては、かなり斬新で練り上げられた作り込みになっているように見えます。スタッフが意図したこととは違うかもしれませんが、少なくとも今のところはニューロダイバシティを学ぶ最高の教材の一つとして楽しもうではありませんか。
ヒロイン役の黒島結菜さんはじめ素敵な俳優さんたちが織りなす非日常で文字通りドラマティックな「教材」を、今日も明日も、楽しみにできるといいですね!!
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杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
大人の杉山ゼミナール、オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになれる心の使い方」はでメンバーを募集中です。心理学で世の中の深層を理解したい方、もっと幸せになりたい方、誰かを幸せにしたい方、心理に関わるお仕事をなさる方(公認心理師、キャリアコンサルタント、医師、など)が集って、脳と心、そしてより良い生き方、働き方について語り合っています。