カルト被害は戦後レジームの結果

統一教会による霊感商法に従事する者は専ら同教会の下部構成員であり、民事を超えた行為で彼らの刑事責任を追及し逮捕・収監しても代替要員は補充され、霊感商法自体は継続される。

「統一教会による霊感商法」で考えるべきことは、まずもってこれは組織犯罪ということだ。統一教会による霊感商法は30年以上前から問題視され大幅に減少しているとはいえ、今なお継続しているのは日本国憲法で彼らの「結社の自由」が保障されているからである。

政治家と統一教会との関係断絶の必要性が主張されるが、関係を断絶しても団体として統一教会は存続するわけだから霊感商法はなくならない。かつて自民党は暴力団と密接な関係にあった。その関係は断絶されたが、それが原因となって暴力団犯罪が減ったわけでもない。これと同じである。

だから統一教会による霊感商法を規制したければ結社の自由について議論しなくてはならない。

そして結社の自由は戦後日本では神聖化された。これは「戦後レジーム」と言っても過言ではない。

この戦後レジームは戦前の治安維持法によって結社の自由が否定されたことの反省であり、これが霊感商法を行う統一教会、毒ガスを散布したオウム真理教(現Aleph・山田らの集団・ひかりの輪)のような団体の存続を許している。だからカルト被害は戦後レジームの結果とも言える。

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筆者の世代(1983年生まれ)ならオウム真理教の結社の自由が守られたこと、大手新聞社・弁護士会などがオウム真理教への破壊活動防止法による解散処分の適用に強く反対したことは大なり小なり記憶に残っているのではないか。

解散処分の適用に反対する日本弁護士連合会会長談話は当時の「空気」がいかなるものだったかを教えてくれる。

日本弁護士連合会:オウム真理教への破壊活動防止法の団体解散処分請求についての会長談話

このことは当時子どもだった筆者にとってある意味、オウム真理教が引き越した一連の事件より衝撃だった。つい最近までオウム事件を非難していた大人達が一転して彼らを擁護したからである。しかもインテリと呼ばれる大人達が擁護したのである。

そして存続するオウム真理教の処遇方法について彼らは明快な回答は避けた。せいぜい「社会の歪みが若者をカルトの世界に引き込んだ」と言って社会に反省を求めた程度である。しかし、なぜインテリはオウム真理教の強制解散に反対したのか。

筆者は実際に強制解散に反対したインテリと話した経験があるのだが、彼らに忖度すれば、その本意は「小さな悪を容認することで大きな悪の招来を防ぐ」というものである。

霊感商法を行う統一教会、毒ガスを散布するオウム真理教という小さな悪を容認することで結社の自由を否定できる特高警察的存在という大きな悪の招来を防ぐというものである。釈然としないが、筋は通っている。

この考えを踏まえカルト対策を行うとすれば加害ではなく被害を重視する、言うなればカルト被害を災害と捉え被害の回避・軽減・回復に力点を置くものであり、具体的なそれは啓発を通じたカルト団体への加入防止、カルト被害を受けた場合の支援体制の充実などである。

これはカルト被害を受けやすい大学などはかなり前からやっている。問題はここまで明快に語るインテリがいなかったということだ。そのため「なぜあのような団体が存続しているのか」という消化不良だけが社会に残った。そしてこの消化不良は統一教会対策への関心を失わせたのではないか。

「オウムの解散が無理ならば統一教会はとても無理だ」というやつである。

瓦解寸前の戦後レジーム

筆者は元々、オウム真理教への破壊活動防止法適用反対論に衝撃を受け、そのことをインテリに問いただしたくらいだから結社の自由を根拠にカルト教団・極左暴力集団・暴力団のような反社会的団体が存続することに不満を持っていた人間である。

ところが最近、その不満もかなり小さくなった。その理由は単純でこれら反社会的団体はかなり衰退しているからだ。統一教会は分派し組織体として明らかに弱体化し、霊感商法の被害も大幅に減少している。オウム真理教も事件当時と比べれば信者数は激減しているし、観察処分下にある以上、毒ガスなどの殺傷能力が高い武器を秘密裏に製造・保管しているとは考え難い。暴力団の構成員・準構成員はまさに激減しており有力組織は分裂状態である。極左暴力集団も高齢化が止まらない。

しかし、マスコミはこうした変化をほとんど紹介せず、たまに紹介してもまともな評価を下さない。結社の自由を守るという発想も微塵に感じられない。

もはや治安面の戦後レジームは瓦解寸前である。その理由は日本社会の「右傾化」「保守化」ではなく戦後レジームの担い手、特にマスコミの劣化である。

統一教会報道ではマスコミは「接点」を強調し違法でもないことを騒ぐだけ、野党はこれに反応し国会審議を攪乱しようとする。

国民のための政策論争の時間が失われ、日本社会の衰退は加速する一方である。安倍元首相死去後の統一教会報道ほど「亡国」を予感させるものはない。

 

【参考】