CHIPSプラス法とインフレ削減法が成立、経済的な効果は?

バイデン大統領は8月9日、半導体産業と科学技術分野を支援する法(CHIPS及び科学法案、CHIPSプラス)に署名し成立しました。当初、対中競争法案とも呼ばれたように、中国との半導体並びに科学技術面での覇権争いを念頭に、米国の競争力を高める狙いがあります。

バイデン大統領 United States government official Twitter より

米上院では7月27日に64対33で可決、共和党議員17名の支持を得ました。米下院では7月28日に243対187で通過し、同じく共和党議員24名が賛成票を投じ、超党派での成立となりました(民主党下院議員1名が賛成も反対も表明せず)。

金額は半導体業界を支援するCHIPS ファンドに5年間で約520億ド半導体製造に投資する企業への25%の税額控除が盛り込まれ、約240億ドル相当とされています。さらに5年間で科学技術の研究向けに約2,000億ドル充てられますが、これは今後、米議会での予算法の成立が必要となります。主なポイントは、以下の通り。

チャート:CHIPsプラス法の内訳

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(作成:My Big Apple NY)

同法にCHIPSファンドから支援を受けるには、対中競争法案が下地となるだけに以下の要件を遵守しなければなりません。

・中国軍関連企業の参加は禁止
・中国あるいは非友好国での関連施設の建設など禁止

そして、立て続けにバイデン政権に朗報が飛び込んできました。

8月12日に米下院で”インフレ削減法案”が220対207で可決。上院では8月7日に51対50(ハリス副大統領の一票含む)で通過し、8月16日のバイデン氏による署名をもって発効しました。米上院でフィリバスターを回避すべく財政調整措置を講じたように、米下院と合わせ共和党からの支持はゼロでした。インフレ削減法の主なポイントは、以下の通り。

チャート:インフレ削減法の歳出と歳入、今後10年間の内訳

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(作成:My Big Apple NY)

インフレ削減法は、”BBBライト”とも呼ばれています。同法が”より良い再建法案(Build Back Better)”の小型版となっているためです。当初は3.5兆ドル規模で検討が開始されたバイデン政権肝煎りの歳出法案は、21年10月に1.75兆ドルに縮小したものの、民主党の暴れん坊もとい中立派のジョー・マンチン上院議員(ウエストバージニア州)が突如反旗を翻し、廃案に追い込まれました。

インフレ削減法もマンチン氏の態度が危ぶまれていましたが、①厳格な電気自動車(EV)向け税額控除要件、②歳出の大幅削減、③処方箋薬の価格引き下げ、④赤字削減案――を盛り込んだ結果、シューマー院内総務と妥結し、中間選挙前に滑り込みセーフとなった格好です。もう一人の中立派、クリステン・シネマ上院議員(アリゾナ州)のも危ぶまれていましたが、同氏が反対していたキャリード・インタレスト増税案(投資ファンド運用者向け税制優遇措置、高い所得税率(39.6%、オバマケア関連付加税込み)の代わりにキャピタルゲイン税率(28.8%、同)を適用する制度)除外が通り、民主党が一枚岩となって成立に漕ぎつけられました。

CHIPSプラス法とインフレ削減法の成立を受け、バイデン氏の支持率は漸く底打ちし上昇に向かっています。実際、高齢者向け公的医療保険のメディケア向け処方箋価格の引き下げを2023年から実現させる案のほか、メディケアに加入する人々の自己負担額上限額を2025年から年間2,000ドルとする案も含みます。

インフレ削減法と銘打ちながら、“エネルギー安全保障、気候変動対策”が歳出の8割超を占める通り、同法の目玉は気候変動対策です。従って、インフレ押し下げより大きな効果が期待されます。実際、米調査会社ロジウム・グループによれば2030年までに温暖化ガス排出量を最大42%削減するのだとか。バイデン政権が2021年4月の気候変動サミットで引き上げた2005年比50~52%削減に届かないとはいえ、同法成立前の24~34%程度の削減に比べれば大躍進です。

しかし、電気自動車(EV)購入の税額控除をめぐっては難題を残します。

新車EV購入には、最大7,500ドル(中古車は最大4,000ドル)の税額控除が2032年まで適用されます。ただし、要件が厳しい。税額控除が受けられる要件の一つは、自動車の最終組み立てが北米で行われていること。さらに、電池の主要材料の産地制限が存在するほか、電池部品の特定部分も北米で製造または組み立てなければなりません。だからこそ、欧州連合(EU)や韓国がそろって懸念を表明し、世界貿易機関(WTO)の規則に反する可能性があると訴えているわけです。

自動車メーカーも、失望を隠しません。主要自動車メーカーで構成される米国自動車イノベーション協会(AAI)のジョン・ボゼーラ会長は、8月7日付けの声明で「残念ながら、EV税額控除の要件を受け大半の自動車が補助金の対象外となる」と指摘。さらに「重要な時期に機会を逸し、新車購入の顧客を驚かせ、失望させる変更であり、2030年までに電気自動車を40~50%販売するという我々の目標も危ぶまれる」と懸念を寄せました。それ以前の8月5日付けの声明では「電池に使用される重要な鉱物の中国や非同盟国への依存を減らすための、堅実な政策やインセンティブが盛り込まれている」と明記。その一方で「米国内で72車種のEVが販売されているが、(要件が適用されれば)このうち70%は直ちに不適格となり、追加調達の要件が発効すれば完全なクレジットの対象にはならないだろう」と注意を促していました。

2つ目にEVの税額控除要件で忘れてならないのは、対象となるEVの価格と家計所得水準です。対象となるEVの価格はセダンで5.5万ドル以下、スポーツ多目的車(SUV)やトラックでは8万ドル以下なのですよ。そもそも、EVを購入する米国人は意識が高い中高所得者が多い事情もあり、6月時点の全米EV新車平均販売価格は前年同月比13.7%上昇の約6.6万ドルなんですね。さらに、家計所得の上限は単数世帯の場合7.5万ドル、複数ならば15万ドル以下に設定されています。2020年の米国世帯の所得中央値は6万7,251ドルでしたが、仮に2年間で5%上昇したならば約7万ドルとなり、中流所得者層の間で対象が限られかねません。

最後に米経済への影響ですが、ペンシルベニア大学ウォートン校の試算ではインフレ削減法は2031年に基本シナリオから0.1%押し下げる効果があるといいます。2050年に0.1%の押し上げに転じますが、極めて限定的と言えるでしょう。物価についても同様で、5年間での押し下げ効果は0.1%程度だとか。

CHIPSプラス法インフレ削減法という2つの大きな成果は、バイデン政権の功績であることに違いありません。問題は、施行後の米国人の評価です。


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2022年8月17日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。